乙女とは甘くない生き物
山頂の塒に戻るお母さんとチビちゃんを見送って、自宅のバスルームに直行した私がシャワーを浴びて居間に戻ると、そこにはまたしても不法侵入の輩がいた。
「よう、邪魔してるぜ」
「ああっ!なんで勝手に私のチョコレート食べてんの!また人んちの冷蔵庫を漁ったわねえええっ!!」
「おぉ、これ美味ぇな!」
「~~~今回のは会心の作だったのに!もう半分しか残ってないじゃないーーー!シグの馬鹿あああああ!!」
「悪ィ悪ィ」
「ちっとも、すまなさそうじゃない!!」
居間のソファーに偉そうにふんぞり返って、私の努力と汗と涙の結晶『チョコレート様』をもきゅもきゅと頬張る似非若人。
「・・・いい年齢した大人が、口の端に茶色いモノをくっつけて・・・・・アンタは子供かっ!」
嗚呼・・・麗しのチョコレート様が━━━━。
向こう側の品質に少しでも近付けようと、試作十数回目にしてようやく満足のいく出来に仕上がって、ちょっとずつ楽しもうと思ってたのにいいいいいいぃ!
ナニしてくれとんじゃジジィーーーーーー!!
思わず四つん這いで項垂れてしまうぐらいのショックだった。
「元々この自宅にあったもの以外は再生しないって、以前に説明したでしょおおおお~~~~~っ」
何が原因かは知らないけど、私が異界落ちした瞬間で時が止まってしまったこの自宅では、何故か謎の再生機能が働くようになったんだけども、それは元々この自宅にあった品物に限られていて、外から持ち込んだ物や自宅で新たに加工した物に関しては、消費すればそのまま消えて無くなるのだ。
・・・いやさ、それが普通なんだけども!
ここに出入りするようになってすっかりあちらの食べ物にハマったシグは、台所に置いてある食品お目当てに、私に断りもなくちょいちょい摘まみ食いをしに来るようになってしまった。
両の世界を繋ぐ扉の開け閉めが“巻き戻し”のスイッチで、いとも簡単に物が再生するもんだから、この不良老人ときたら好き勝手のし放題だ。
事故当日、私の自宅に板チョコ一枚でも買い置きがあれば、こんな不自由はしなくて済んだのに・・・・・シクシク。
「材料費だってバカにならないのに━━━━この、住所不定無職無収入の爺様がっ、、、食事が必要な時だけ女の家に上がり込むとか、まるっきりヒモじゃないのさ!!」
「俺の半生、この程度は序の口だぜ?」
「開き直った!!」
━━━駄目だこの男。ダメダメだ。
「そっちがそういう態度なら、もう今後一切シグの食事は作らないから!」
「・・・ナニぃ?」
「シグなんか、シグなんかっ・・・、野豚でも熊でも頭っから丸かじりしてりゃいいのよーーーーーーー!!!!」
口では『イヤ、流石に丸かじりはなぁ』とか言ってるけど表情は全然困った風でもなく、更にチョコレートに指を伸ばそうとするシグルーン。
むきぃーーーーー!!腹立つったらありゃしない!!
取り敢えず晩御飯はとびきり美味しいものにしなきゃね。
━━━勿論、シグの分は抜きで。
*
「あんた、いったい何やってあの子を怒らせたんだい」
「あー・・、いや、まぁそのー・・」
この日の晩飯時、いつにも増して手の込んだ料理がずらりと並んだテーブルに、きちんと用意された席は二つ。
いつも自分が座っている席には、二股フォークがブッ刺さった鹿肉の塊(生)が、でん!と鎮座している。
・・・このままコレを食えってか?
食事を抜かれないだけマシ、━━━なのか?
いや、食えねーこたねえけどよ?
「どうせまたあんたの事だから、大人気ない真似をしてハネズを怒らせたんだろ。っとに馬鹿なのかい?あんたは。昼間の一件でハネズが酷く気を乱してるからって、そっと様子を窺いに行ったんじゃなかったのかい」
「そりゃそうなんだが・・・、その『はんばーぐ』美味そうなだな?」
「フン、あんたにゃ一口だってやるもんかね。あんたのとばっちりであたしまで生肉コースになったらどうしてくれんだい。うちの厨房は既にハネズに実権握られちまってんだよ」
「ちぇー」
まあ確かに、自分でも大人気なかったとは思うが。あっちの食い物は癖になんだよなぁ。
中毒性が高いっつーか、つい手を出しちまう。
自分で蒔いた種とはいえ、こりゃ結構キツイ仕置きだな?
美味そうな料理を目の前にして自分だけ食えねーとか、地味に辛ぇ。
「なあ、オイ・・」
我ながら情けない声が出たと思うが、右斜め前の席に座るネージュの様子をチラリと窺うと、まるで躾のなってない駄犬を見るようなヒンヤリとした目付きを向けられた。
食い物の恨み恐るべし・・・。




