乙女を癒すものは
あれからどこをどう歩いてグラニテ通りの倉庫に辿り着いたのか、いったいいつの間に転移用の魔法陣を潜り抜けて移動していたのか。
気が付いたら私は、見慣れた『家』の居間の床に一人でぽつん座り込んでいた。
「青磁が生きてた━━━・・」
それ自体は多分、喜ぶべき事なんだろう。
“父親”としては全くこれっぽっちも頼りにならない人だとしても、かつての家族仲はそう悪くはなかったんだし。
━━━けど、あれはあんまりだ。
青磁の行方がわからなくなる度に、どこかで野垂れ死んでるんじゃないかと神経を磨り減らしながら帰りを待ち続けた、私とお母さんのあの長い年月はいったい何だったのか。
『時間の流れ方が違ってる』というあの言葉が事実なら、あのクソ馬鹿父は私達母娘と生き別れて僅か一・二年で“過去”に見切りをつけて、自分はさっさと新しい家庭を築き上げていた事になる。
私とお母さんにとって青磁の最終的な失踪届けが受理されてからの数年間は、周囲から降り注ぐ無遠慮な嘲笑や憐れみの視線に、無言で耐え続けなければならないストレス続きの日々で、胃に穴が開くかもと思ったのは一度や二度じゃない。
「・・・・・マジ死ね青磁」
こっちが身も細るような想いをしていた時期━━━━青磁にとっては正に“現在”。
肌なんかツヤツヤで健康そうな顔色して、美人の嫁さんと並んで歩きながら、街中デートぉ!?
ふっざけんじゃねええわあああああーーーーー!!!
勢い任せに拳を床に叩きつけたら、跳ね返った痛みで己が悶絶(居間の床は石材)、却って怒りが増した。
ド畜生おおおおおぉーーーーー!!
それからしばらく、地に平伏したような格好で一人悶々とやるせない気分を囲っていたら、不意に居間の窓がカタリと音を立てた。
振り向いて視界に入ったのは、見慣れた真珠色のモフモフの塊。
「おっ・・・、おか、おかあさあああああーーーーーんっ!!」
私がすぐさま猛ダッシュで庭先に向かったのは言うまでもない。
『きゅん!ねえねー』
「うわあああん!おかぁさーん!チビちゃーーん!」
どうにも気持ちがささくれ立って、心底癒しを欲していた私は、勢いよく“お母さん”の胸元に飛び込むと天然毛布にグリグリと顔を擦りつけた。
そしてどうやらこの仕草、天狼の雛が親に甘える時の行動と同じだったらしくて、この後私は母性本能のスイッチが入ったお母さんに散々舐め回され、全身涎まみれに。
でも癒されたし!まあ、いっかー。
『 娘 荒ぶる 坊や 憂う 母も
然り ━━━ 潰す か ? 』
え・・・、えーと。
私が泣き喚くとチビちゃんもお母さんも心配するから、・・・潰す?━━━━何をですか!?
ぐるる、と啼いて可愛く首を傾げるお母さん。
ただし発言の内容は激しく不穏。
つまり・・・その、なんだ。私のイライラの素を、プチッと潰してくれようか━━━と、仰有っているのデスネ?
うわあああああああ。こ・・・これはっ!!
「お、お母さん・・・」
多分というか絶対に、獣のお母さんには人間側の事情なんかどうでもいい事だし、ここでお母さんを頼りにしたが最期、辺り一帯が焼け野原になる予感しかない。
「あ、あのね、お母さん・・・。散々泣きついておいてあれなんだけども、私、自分の事はなるべく自分で解決したいの」
『 母は 要らぬか ? 』
「ちっ、違うよ!お母さん大好きだし!要らなくなんてないよ!・・・ただ、この落とし前は自分でつけたいな、と」
種族の壁は厚くて高い。
基本的に獣の世界は力ずくでの解決が全てだから、なるべくお母さんに解って貰えそうな言葉を選ぶ。
『 ・・・解 』
渋々といった感じだけど、一応納得はしてくれたみたいだ。
お母さんは取り乱した私の様子を見て、純粋に“娘”を気遣い、障害を取り除こうとしてくれたわけで。
気持ちはとっても嬉しい。そりゃもう、物凄く!
でもだからといって、その厚意を素直に受け取るわけにはいかないのよ。
「・・・ありがと、お母さん。大好き」
『はねじゅぅぅ!』
「はいはい、チビちゃんも大好きー」
『 わぅ! ぼくも ねえねすきー 』
この後もしばらく三人でモフりあいました。




