乙女の悪戯ショー
ついさっき人の事を散々法螺吹き小娘扱いしてくれたあの中年━━━━。
ショーが終わったら盛大に文句を言ってやろうと思ってたのに、姿が見えない。
ニアさんも人に呼ばれて慌ただしくどこかへ行ってしまったし、主催者側の人間は皆とても忙しそうだ。
━━━まあ、いっか。泣かすのは後でも。
それよりも、たった今閃いた事を実行する方が何倍も楽しいに違いない。
「シグ、上見て」
「上?」
「ほら、そこ━━」
暗がりではぐれるとお互い探し出すのが大変だという理由から、私の背後にぴったりと張り付いた状態のシグが、言われるままに天を仰いで、次の瞬間「あぁ・・」と気が抜けるような反応を示した。
「あいつら、何処にでもいるな」
私も既にお馴染み“フェアリーランプ”御一行様。
流石に初めて見た時は驚いたけど、こっちの世界の人には珍しくも何ともないそうで、実体も無く至って無害な事から、雨上がりに現れる虹や夏場の陽炎と同じようなものと捉えられてるみたい。
つまり、アレが視界に入ったとしても、誰もいちいち気に留めたりはしないらしい。
だけど私は、アレと二度目の遭遇をした際の体験から、フェアリーランプがただの自然現象とはとても思えないのだ。
むしろ、生き物っぽいと思う。
どういう原理か知らないけど、フェアリーランプには“接触した相手の記憶を写し取る”能力があるとみて、まず間違い無さそうなんだよね。
今回実験にはもってこいの状況だし、一丁試してみよますか━━━て、事で。
「シグ、ちょっと私の身体を持ち上げてくれる?」
「よしきた」
いつもシグに持ち運びされる時の片手抱っこのスタイルでヒョイと左腕に座らされると、一気に視界が開けて広場の隅々まで見渡せるようになる。
「わー、いるいる。・・・でも本当に誰も気にしてないんだね」
淡いオレンジ色の光を放ちながら、呼吸するかのようにゆったりと明滅を繰り返す光の珠が、そこかしこを漂いながら時折人の身体をすり抜けたりしてるけど、誰もそれを気にする人はいない。
「んー?・・・毎回変化するワケでもないのかな?・・・よくわかんないや。取り敢えず試してみよ」
実体が無い相手に果たして効果があるのかどうかよく分からないけど、シグに持ち運ばれた状態で近付いてから“おいでおいで”と手招きをしてみたら、風に流されるような感じでフラフラと一つの光珠が近寄って来た。
「よしよし、いい子ねー。“お着替え”してみない━━━?」
私の言う事を理解しての行動とも思えないけど、そのフェアリーランプは近くまで来ると素直に私の身体の中に潜ってゆき、━━━━━出てきた時には見覚えのある金魚の姿に変化していた。
「おぉー、大成功!!」
でもやっぱりトトちゃんなんだ。
「・・相変わらずどーなってんだ?」
空いている方の手で金魚を突つき回すシグの声は、すっかり呆れている。
「フェアリーランプの変態・・・?擬態?って対象の持ってる『記憶』に左右されるみたい。私の場合、金魚が一番イメージしやすいのよ。昔飼ってたから」
「ふーん。だがこの前、なんか馬鹿デカイやつの姿を真似てなかったか?」
「━━━シロナガスクジラ?あんまり大きくなり過ぎてこっちがビックリしたけどね!実際あれくらい大きな生き物らしいのよ。テレビや図鑑でしか見た事ないけど」
「あー・・お前の部屋に置いてある、あの四角い魔道具な」
いやあれ、ただの電化製品なんだけどー。
・・・って言っても、シグにはどっちも同じようなものか。
「さてさて、『トトちゃん』?お友達にも“お着替え”勧めてくれるかな?」
━━━ここからが本番だからね。
フェアリーランプの生態(?)とかはさっぱりだけど、わりと好奇心旺盛だと思うんだよねぇ。
あれが“生き物”だと仮定するなら、だけども。
珍しいものや新しいもの、未知のものに惹かれてフラフラと寄って来る。━━━まるで子供みたいな。
フワフワとヒレを揺らしながら空を昇ってゆく小さな金魚。
しばらくその様子を眺めていると、ほどなくしてオレンジ色の光の珠が幾つもその後を追い始め、瞬く間に空に数え切れない程のフェアリーランプの群れが出来上がった。
フェアリーランプなど普段は気にも留めない人間も、さすがにここまで大きな群れになれば嫌でも目に入るらしい。
いつになく巨大な群れを成したそれを、人々がいったい何事かと思い始め、揃って空を仰いだ次の瞬間━━━━。
フェアリーランプが大きな光の塊になったかと思うと瞬時に弾け━━━━その全てが金魚の姿をとって泳ぎ始めた。
「やったー!上手くいったね!」
「なんだ、あれは・・・」
「魚?━━━魚が空を泳いでいるの?」
「フェアリーランプが・・・姿を変えた!?」
「・・・いったい何がどうなってる?」
祭りの見物客達は、予想もしていなかった事態にあんぐりと口を開けたまま、ただただ空を見上げてその不思議な光景を眺めるだけ。
前代未聞の状況にどう反応して良いか判らず、ポカンと立ち尽くしている。
「でも綺麗・・・」
「━━━本当ねぇ」
誰かの口から思わずといった感じで漏れたその言葉こそが、この場に居合わせた全ての者の感想だったかもしれない。
短縮版の幻灯機ショーに不満を覚えていた人達も、我を忘れたようにその光景に魅入っている。
「おー、なかなか見応えあるじゃねえか」
「でしょー?今度練習して、お母さんの飛行姿の再現に挑戦しようかと思ってるんだー」
「お前そりゃ・・・見た奴が卒倒するやつだろ」
「えー、カッコイイのに!」
「やるなら人の居ねえとこでコッソリやれ!」
余計な面倒事増やすんじゃねえ!とシグには怒られたけど、良いと思うんだよねー?
天狼の飛翔する姿って、惚れ惚れするぐらい綺麗だし。
イタズラが成功して少しだけ満足した気分になった私は、シグを促してそのまま広場を出るために歩き出し━━━━途中人混みの中に、ふと見覚えのある顔を見つけてしまった。
ずっと昔の記憶の中そのままの父親に、━━━良く似た他人の顔。
私の知らない誰かに、私がよく知る笑顔を向けて、楽しそうに語らっている。
何となく気になって隣の人を確認したら、なかなか綺麗な女の人だった。
・・・多分あの人が奥さんなんだろう。
全くの別人同士なんだと頭では理解していても、青磁と同じ顔をした人間が、お母さん以外の女性と並ぶ姿はなんとなく面白くない。
当のお母さんは新しい伴侶を得て新しい幸せを掴んでるから、これっぽっちも全く気にしないと思うけど。
“三つ子の魂百まで”とかって言うじゃない?
私は結構根に持つタイプなのよ。
━━━まあ、これは完全な八つ当たりなんだけど。
赤の他人のセレンディードさんには、私の見えないところで幸せにやってて貰おう。
見当違いの不満を、他人に面と向かってぶつけるほど落ちぶれちゃいないからね。
━━━せっかくのお祭りだったけど、生憎この日はなんとなくスッキリしない気分で幕を降ろす羽目になった。




