サディスティック乙女
表から扉を潜って魔道具屋の店内に現れたその客は、二十代半ばぐらいの青年だった。
薄茶色の癖毛の髪にヒョロリとした痩せぎすの身体と柔和な顔立ち。
見た目はまぁ整ってるけど、飛び抜けて目立つというほどでもない、普通の小綺麗な男子。
彼は私のよく知る人物と、とても━━━とてもよく似ていた。
「いらっしゃい、セレンディードさん。自鳴琴の魔力補充できてますよ」
「いいタイミングだったんだね」
「ちょうど知り合いの魔道具師のお弟子さんが来てくれてて、あっという間に終わりましたよ」
「そうなんだ。・・・ええと、もしかしてそのお弟子さんというのは、このお嬢さんのことかな?」
「ええ、そうですよ」
ニアさんに“セレンディード”と呼び掛けられた青年は、こっちを向くと鳶色の目を笑みの形に細めて口を開いた。
「・・・えーと、僕、以前にもここで君を見掛けた事があるんだけど、名前を訊いても良いかな?」
「私・・・?」
━━━私、いったい何を勘違いしたんだろう。
目の前のこの人が、あの人と同じ人なはずがないじゃない。
だいたい年齢も合わないし、名前だって違う。
「私、の・・・名前は━━━」
「ネージュ、帰るぞ。用事はもう片付いたんだろ」
何て名乗ろうかと一瞬迷ったところで、被せ気味にシグに名前を呼ばれた。
「ネージュ、さん?」
「そう呼ばれてます」
「そうかー・・・良い名前だね」
ニヘラ、と笑う表情までが、記憶の中の面影と重なる。
・・・・・・こんなとこまで似てなくてもいいのに。
「実はさ、初めて君を見掛けた時、知り合いに似てるような気がしてずっと気になってたんだよ。そんなはずないんだけどね・・・」
どんな偶然か、お互い似たような勘違いをしてたらしい。
・・・・・そうだ。ただの“勘違い”だ。
よくよく考えてみたら、異界落ちしてきた私に、この世界に知り合いがいる訳ないし。同じ理由で私がこの人の“知り合い”だとかいう人の血縁とかいうオチも有り得ない。
「自鳴琴勝手に起動させてごめんなさい。曲も仕掛けも凄く綺麗で、つい何度も聴いちゃいました」
「減るものじゃないんだから構わないよ」
「━━━ネージュ」
「はいはい、今支度するってば」
「・・・彼は、君のお兄さん?」
「そんなようなものです」
セレンディードさんが首を傾げているのは多分、兄妹にしては似てないとでも思っているんだろう。
でも今初めて会ったばかりの人に、これ以上説明する必要性も感じないし。
「・・・その、自鳴琴を君が魔力補充してくれて助かったよ。まだ時間が掛かると思ってたから。大事な物だから早く手元に置いておきたくて」
「余程大切な品なんですね」
「うん。僕がというより、・・・妻が大事にしてるんだ」
「そうなんですね・・・」
その言葉で完全に目が醒めた。
━━━これは別人だ。
一瞬でも『もしかしたら』なんていう淡い期待を抱いた自分がどうかしてた。
「じゃあ、私達はこれで。━━━ニアさん、また次の市の日に来ますね」
「あ、うん。また頼むよ━・・って、お嬢ちゃん!賃金受け取り忘れてるし」
「・・あの子、よく来るの?」
「五日に一度の市に出店してるとかで、そのついでで寄ってくれてるみたいですよ。うちは魔道具屋なんてやってても、親父も俺も魔力が少ないから随分助かっててねぇ」
「可愛い子だったね。ちっちゃくて細くて、髪も目も真っ黒で・・・━━━みたいだった」
「セレンディードさん・・・。いくら可愛くても子供相手は犯罪ですよ。しかも奥さんがいるでしょ」
「やだなぁ、そういうんじゃないよ」
頭が混乱してそそくさと逃げるように店を出た私は、無言のまま足早に帰路を辿った。
後ろを歩くシグも何故か無言。
いつもわりと空気を読まないシグにしては珍しい事態なんだけど、今はただありがたかった。
とにかく頭の中がぐちゃぐちゃで、ちょっとの刺激でキレて八つ当たりしそうだったから。
━━━何故、今、この状況で、あの顔に出会うのか。
結局は別人だったにしろ、似た顔を見て一瞬でも懐かしいと感じるなんて。
積もり積もった恨みより思慕が勝るなんて有り得ない。
「お母さんがどれだけ泣いたと思ってんの、あのクソ馬鹿父━━━━━━」
「青磁・・・覚えてなさいよ」
現実に出会ったら絶対、泣かす。




