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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女の願い

何日かぶりにお母さんとチビちゃんが麓の家に遊びに来た。



『はねじゅー きーたーのーー』



庭掃除をしていて聴き慣れた羽ばたきの音に空を見上げると、大きな影がちょうどお日様を横切るところだった。


「お母さん!チビちゃん!おっはよー!」


ブワリ、と風が渦を巻いて庭の草を揺らし、真っ白な巨体が目の前に降り立つ。

━━━と、お母さんの口元からポテッと小さな仔犬(?)が転がり落ちた。


『きゃうん!』


「大丈夫?痛くなかった?」


『じょぶ!』


大丈夫、と言いたいらしい。舌足らずなところがむっちゃカワイイ。


『ねぇねー あしょんで!』


「うん、いいよ。ちょうど午前中の家事おしごとが一段落ついたところだし。でも、そのまえにぃーーー。お母さーん!モッフモフぅぅーーーーー!!」


ホウキを放り投げた私は、勢いよくお母さんの体に飛び付いた。

うん、相変わらず手触り最高!


「・・・だから、なんで猛獣それに飛び付くかね、あんたは」


窓から顔を覗かせたグウィネスさんがポソリと何かを呟いてたけど、私はお母さんの毛皮をモフるのに夢中で上手く聞き取れなかった。


「はいぃ?ウィネスさん、何か言いましたかーーー?」


何やら呆れたような表情で笑いを噛み殺してるけど、なんでだろ???


『ねぇね なにすゆ?』


「うーん。じゃ、私がこの木の枝を投げるから、チビちゃんはそれが地面に落ちる前にキャッチするんだよ~?そぉーーーれっ!」


『わぅ!』


返事をするが早いか、白い仔犬は木の枝目掛けて弾丸のように駆け出して行く。


「うわっ、早っ!しかもジャンプ高っ!」


地面から二メルテ以上も飛び上がった仔犬は、枝を咥えると背中の羽を利用してフワリと華麗に着地をきめた。

ドヤ顔でトコトコ走り寄って来る姿が、なんともたまらぬ。くうっ、カワイイじゃないか!


『もっと!もっとすゆ!』


「はいは~い!じゃ、なげるよぉ~~」


せがまれるままに私は二投目を振りかぶった。


「そーーーーれぃ!」


投げた小枝はきれいな放物線を描いて庭の奥へ、ちょうどシグがいつも素振りをしている辺りに飛んで行った。



━━━ ゴツッ



「痛っってえぇぇーーーーー!」



「あ、しまった」


小枝とは言ってもチビちゃんが咥えやすいように、ある程度の太さのあるものを選んだんだけど、それがどうやらシグに直撃したっぽい。


「くぉら小娘ぇ!このド下手くそがっ、どこに向かって投げてやがるーーー!」


「ごめーん、シグ」


「━━━イテテテ!このチビ!」


「あ」


旋毛つむじの辺りを痛そうに撫でさするシグの、枝を掴んだままのもう片方の腕にチビちゃんが噛りついた。

どうやら玩具を盗られたと勘違いしたらしい。


『ぐるるぅ』


「だめだよチビちゃん!服に穴が開いちゃうでしょー。そのシャツ私が縫ったんだからね」


『ぐる?』


「はいはい、お口開けてー」


私は大急ぎでシグの腕にぶら下がった仔犬を回収した。


「んー、このくらいの穴だったら・・ちょっと繕えば目立たないね」


「俺の腕より服の心配か、オメーは」


「相手はこんな仔犬だよー?大人気ないこと言わないの」


「いや、そいつ魔獣だし?フツーの犬っコロと一緒にしてんじゃねえよ」


「“魔獣”ねぇ?こんなに可愛いのにー」


魔獣の定義っていうのが『高い知能』と『魔力持ち』の二点なんだけど、普通の獣との明確な線引きがあるわけでもないらしい。


「天狼は自在に風を操る生き物だ。空を飛ぶためだけじゃなくて、敵を屠るために風の刃を放ったり、声で下位の獣を従わせたりする事ができる。魔獣の中でも上位種なのは間違いねえ」


・・・マジデスカ。


「本来人間になつくようなタマじゃねえんだがなー」


咥え込んだ木の枝を振り回して遊ぶちチビちゃんに、シグが何ともぬるい視線を向ける。

私には可愛いわんこにしか見えないけど、初対面の時のお母さんを思い起こせば、シグの言ってる事も一応理解できる。

本来野生の獣との距離感はもっと遠く、隔たりがあるものだという事も。


「シグ。お母さんやチビちゃんは別に、私に“なついてる”わけじゃないんだよ」


「あ?」


「お母さんにはとって私はひ弱な『雛』で、保護の対象になってるだけ。きっと私が一人立ちする頃には自然と関係も遠退いて、正しい距離を保つようになるはずだよ」


━━━そうでなきゃならないんだ。

野生の獣と人間の近過ぎる関係は、多分どちらにもあまり良くない気がするから。

だいたいチビちゃんとの出会い方からして状況最悪だったし。


人様の生業なりわいにケチをつける気はないけど、もしまたチビちゃんが人間に捕まるような事になったらと思うと、気が気じゃない。

・・・だからどんなに寂しくても、いずれやってくるお別れの瞬間を私はきちんと受け止めなきゃいけない。


『なんだ、わかってんのか』みたいな表情だね、シグ。

もしかして心配してくれたのかな。

どんなに情が移ったところで、野生の獣と人間がずっと同じ環境で暮らすのは無理だって事ぐらい私にも理解できるよ。


だけどもうちょっとだけ、お母さんやチビちゃんに甘えてたいんだ。

この世界で唯一惜しみ無く与えてもらえる体温を、もうしばらく感じていたいんだよ。





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