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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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不思議の家の乙女

この数日、毎朝目が覚めるとまずクローゼットの中を確認するのが私の習慣になった。


「・・・よかった。まだ繋がってる」


本来衣装箪笥(クローゼット)ってのは衣服を収納する家具なんだけれども、私の部屋にあるそれはつい先日本来の用途から大きく外れた代物へと変貌を遂げた。


異なる空間どうしを繋ぎ合わせるため、魔女の手によって複雑な術式をびっしりと刻み込まれたクローゼットは、もはや完全に青い猫型ロボットの便利道具と化し、扉を開けた奥の空間が異界にほんにある私の自宅マンションに繋がった状態のまま維持されていたりするのだ。


そもそもこんな状況に至った直接の原因すらまだ掴めていないんだけど、グウィネスさんによれば「十中八九、原因はあんただよ」とのこと。

・・・うーん、思い当たらない。でも他に接点なんかないしねぇ・・・。ま、いっか。

考えてもわかんない事は、考えるだけ無駄無駄。


「シャワーでも浴びよ」


まだ夜が明けていくらも経たない時刻。朝のお茶の支度をするにはまだ早い。

私はクローゼットを潜り抜けると、向こう側の自宅の居間に一瞬で移動した。


マンション側の出入り口は居間リビングの壁の扉一枚分の空間がぽっかりと切り取られたような状態になっていて、クローゼット越しにあちらの部屋が見える。なかなかにシュールな眺めだ。

しかも日本側こちらは時間が止まっているため、常に昼間で明るい。

いっぺん夜にクローゼットを開けたら違和感が半端なかった。時差ボケ起こしそう。


だけど時間が止まってるとかいうわりに、何故か電気も水道も普通に使えるんだよね。

いや、便利だから良いんだけどさ。なんで???って感じ。


そんでもって私、気が付いちゃった・・・。

━━━前に岩牢で遭遇したウォシュレット、あれ、うちのトイレだった・・・!

あの時はパニック起こしてたし、引っ越したばっかりの自宅のトイレの内装なんか覚えてなくて気付かなかったけどねー。




「あーサッパリした」


お風呂場からバスタオル一枚の格好で出た私は、そのままの格好でキッチンまで直行すると冷蔵庫の中の牛乳パックに手を伸ばし、グラスに注いだそれを勢いよく飲み干した。


「ぷはーーーっ!やっぱりお風呂上がりの牛乳はサイっコーよね!!」


最初に自宅マンション内の時間が止まっていると気付いた瞬間は絶望しか感じなかったけど、改めて開き直ったら色々と都合が良い事もあった。


“時間が経過しない”という事はイコール“食べ物も傷まない”という事で。

引っ越し直後に買い揃えたばかりの食材が、手付かずのまま食べられる状態で保存されていた事に私は思わず狂喜した。


しかもこれで食べ納めと覚悟を決めて完食したはずのスイーツや生鮮食品が、次の日には前日と寸分違わぬ状態で再生されてて、死ぬほど吃驚したり。


こうなると時間が止まって━━━というか、どうやら私が異界に落ちたその日その瞬間の家の状態が、まるっと延々維持され続けてるっぽい。

え?じゃあ食べた分はどうなってんの?とか思わないでもないけど、小難しい理屈なんか私にわかるはずもないから、そこは深く考えない事にした。



「なぁなぁ、『こーひー』淹れてくれネージュ。濃いめのやつに乳多めで甘味抜きのがいい」



完全なプライベート空間であるはずのマンションのリビングから、嫌というほど聞き慣れた声がして、私はギギギと壊れたゼンマイ仕掛けの人形のような動作で後ろを振り向いた。


・・・・・・・・何故、いる。


若い娘の一人暮らしの1LDKには一見不釣り合いなほど立派なソファーセットに、超絶美貌の兄ぃちゃんがまるでこの家の住人のような顔で悠々と寛いでいる。何故だ。


「・・・『ごめんください』も『お邪魔します』も聴こえなかったんだけど、シグ。てか、人んちに勝手に入って来ないでよ」


「俺とお前の仲じゃねえか。なーなー『こーひー』飲ませてくれってー。癖になんだよ、あれ」


「はぁ・・・」


日本こっち異界あっちが繋がったあの日。

私はこの家の中を隅々までチェックして回った保護者の二人からあれこれと質問攻めにあった。

グウィネスさんは主に異界にほんの生活様式とかの異文化に目が向いてたみたいだったけど、シグはもっと直接的ストレートで、私が真っ先に気にした冷蔵庫の中身やストッカーに詰め込んであった食材に興味を示して、すぐに「食べてみたい」とか言い出して。

後で色々食べさせたら、いくつかの食品にすっかりハマったみたいだった。

━━━で、その一つが珈琲コーヒーなんだけど。


「インスタントコーヒーの淹れ方はこのこの前教えたじゃない。キッチンカウンターのとこに置いてあるからご自由にどうぞ」


「ちゃんと豆を挽いたやつがいい」


「うっわ、我が儘!」


「そっちのやり方も教えてくれりゃー自分でやるが・・・・・・風邪、ひくぞ」


「へっ?風邪?」


この会話の流れで、私はようやく自分の現在いまの格好を思い出す事になった。


「えっ?あっ・・・!


ひゃああああああーーーーー!!!」


慌ててバスタオルの前を押さえて寝室に駆け込んだけど、今更感が半端なかった。


いつ!?いつからリビングにいた、シグルーン!!

もしかして、お風呂で鼻歌(キュー○ィーハニー)うたってたのとかも全部聴こえてた!?

年頃の乙女が半裸で腰に手を当てながら牛乳飲んでるとこまで見られてたぁぁぁーーー!?


・・・・・・・・・恥ずか死ねる。


しかも!お年頃女子のセミヌード(?)だというのに、相手が全く、これっぽっちも、性的な興味を示していやがらないあたりが更なる屈辱感!!


もう泣けばいいのか笑えばいいのか。

ちっくしょおおおぉっっ!!




━━━取り敢えず今後、シグのこの家への立ち入りは禁じようと思った。





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