乙女と幻の金魚
薄明かりの射し込む天井から、ふわりふわりと何かが泳ぐように降りてくる。
それは暖かみのある赤みを帯びたオレンジ色の光の珠で、まるで生き物が呼吸をするかのようにゆらりゆらりと明滅を繰り返し、空中をゆったりと漂いながら奈落の底に辿り着いた。
「なにあれ・・・」
テニスボール大の珠がいくつも連なって、くっついたり離れたりしながら大きさを変え、最終的にビーチボールほどの大きさになったところで、ふよん、と動きを止める。
「丁度良い灯りになったじゃねえか」
シグルーンが全く警戒してないって事は、コレは多分無害なモノなんだろう。
「ねえ、コレ何?」
「“フェアリーランプ”だ。一説によれば幻獣の一種だと言われちゃいるが、一般的には何だかよくわからんモノだと認識されてる」
「えぇ?なにそのザックリした説明」
「仕方ねえだろ。そいつら実際のところ生き物なのか自然現象なのかさえ判別出来てねえんだ。実体が無いんでな」
私的に珊瑚が動物なのか植物なのかよく分からないのと似たようなものか。
「危ないものじゃ、ないんだよね?」
「光るだけの珠っころだな。何処からともなく現れて、知らぬ間に消えてるようなヤツだ」
「・・・そっか」
その言葉にほっとする。
『フェアリーランプ』の謎の生態はともかく、暗がりに辟易していた私としては伏し拝みたいくらいありがたい。
「あ、また分裂した」
ふよふよ、ふよふよ。
水の流れに乗るみたいに、空中を漂うフェアリーランプ。
本当に“泳ぐ”と表現するのがピッタリだ。
しかも色といい大きさといい、なんとなく昔飼ってた金魚に似てる。
そんな事を考えていたら光の珠のひとつが不意に急接近。
避ける間もなく私の身体に体当たりして、言葉通り“すり抜けて”行った。
「うえぇっ!なにナニ!?」
「落ち着けー?、害は無いと言ったろう」
「そ・・・そっか、・・・て、あれっ、なんで━━━━!?」
私の身体をすり抜けて行った光の珠が、見覚えのある形に変形している。
ぷっくりと丸いフォルムにフリルみたいなヒレ。今しがた私が頭に思い描いていた玉サバのトトちゃんの姿だ。
しかもそれが他の珠と合体したかと思うと、一気に全部が金魚の形に切り替わった。
「ええぇ━━━━!?」
「なんじゃ、ありゃあ!!」
これには流石にシグルーンも驚きの声を上げた。
「なんで、どうして!?これってフツーの現象なの、シグ」
「知らん。俺も初めて見る」
「えー・・・」
暗い洞窟の中を縦横無尽に泳ぎ回る光る金魚の群れ。
周囲がオレンジ色の光で満たされた光景は、ここが牢獄だって事さえ忘れれば、とても幻想的で夢みたいに綺麗だ。
試しにそっと手を伸ばして珠に触ってみると、掴めはしないけど軽い静電気に触れたときみたいなモワッとした感触があった。
金魚の形になったフェアリーランプ達は、それからしばらくの間プラネタリウムの天体ショーよろしく洞窟内を泳ぎ回った後、いつの間にか少しずつ数を減らしながら消えていった。
「あああ・・・また真っ暗」
「夜明けまでの辛抱だ。朝になりゃあ多少は視界もマシになる。・・・少し身体を休めるんだな、あれだけぎゃんぎゃん泣き喚けば体力を消耗してるはずだ」
「・・・・・・・」
いま、なんつった、この男。
・・・・・・・・・・・・・・・そうだよね。
そりゃそうだよねっ!!
この狭い空間で!あれだけ大きな声で思いっきり泣いてたんだから!
聞かれてないはずがなかった!!
見ず知らずの相手に繊細な気遣いを求めるつもりなんか毛頭ないけどさ。
正体不明とはいえ仮にもいたいけな乙女が身も世もなく泣き崩れていたというのに、この男━━━━━。
思えば「どうした」も「大丈夫か」の一言さえ無かったじゃないよ。
この一件で、私はシグルーンに対する評価を大幅に修正した。
━━━━下へ。
どんだけ顔がイイか知らんけど、チャラい上にデリカシー皆無とくればね!!
でもってこの後更に私のシグルーンに対する評価は、地の底まで落ちる事になる。
金魚の中でも玉サバはおっきな品種。
ころんとしてて手のひらにズッシリくるサイズです。