乙女の帰る場所
シグに四・五階建ての高さから強制ダイブさせられて地面が間近に迫った瞬間、私は『嫌だ』と思った。
《━━━ 死にたくない・・・!!!》
強く 強く 強く。
ただそれだけが頭の中を占めて。
他には何も考えられなくて。
━━━ そして、気が付いたら『家』に居た。
シトラス山脈の裾野にある、グウィネスさんの山の家に。
「魔方陣を通らず居間に直にご帰還とはねぇ。いったい何がどうなってんだい、あんた達」
臨死体験(?)の衝撃で魂が口から半分抜けかけてた私は、帰宅直後のこの辺りの会話はほとんど頭の中を素通りするだけ。喋る気力も残されてなかった。
「あぁあ?━━━なんで家に着いてんだ!?」
屋根から飛び降りて普通に地面に着地する気でいたらしいシグが、かなり混乱した様子でしきりと周囲を見回している。
「・・・ワケがわからねえ・・・」
「訳が解らないのはこっちだよシグルーン。けどねぇ、あんたがこの家の中にいきなり現れるのはこれで二度目だ━━━━現状までの経緯を洗いざらい吐いて貰おうか」
魔女相手に隠し事をするのは「探ってくれ」と言ってるようなもんだ、と後々シグは語った。
━━━つまり、素直に全部吐いたらしい。
うっかり私が拐かされて、二人して五階建ての屋根から飛び降りる羽目になったところまで全て。
「それでハネズがこの状態なのかい・・・」
腰が抜けて起き上がれず長椅子に寝転がされたままの私を見て、グウィネスさんが猛烈な呆れ顔をシグに向けた。
「あんたは馬鹿かい!心の臓が弱い者ならポックリ逝ってるとこだよ!!助け出すにしたってもっと穏便なやり方ってもんがあるだろが!」
「あれが一番手っ取り早い方法だったんだ」
「お黙り!純人はあんたほど頑丈にできてやしないんだよ。怪我でも負わせてたらどうする気だったんだい!」
「あぁ?俺がそんなヘマするわけねーだろ」
・・・・・死ぬかと思ったんだけど。
「チッ、脳ミソまで筋肉でできてるような奴の言う事なんざアテになるかい。━━━ハネズ、身体でどこか痛むところは?眩暈や吐き気はないかい?」
「ら・・・らいじょうぶ、れす・・・」
まだ心臓がバクバクいってるけど。
思いっきり不整脈だけど。
━━━━ 生きてる。
「・・・あれ・・・でもなんで。私、いつの間に・・・家に帰って・・・」
ほんの数瞬前まで挽き肉コース確定の状況だったはず。
「・・・どうなってんの?」
「あたしもそれを知りたいのさ。こう何度も外部からの侵入を許してたんじゃあ、自宅警備を見直さなきゃならないからね」
「おい・・・俺は別に狙って忍び込んだ訳じゃねえぞ。何だか知らねえが屋根から飛び降りたら『ここ』だったんだ」
「だから、それが解らないんだって言ってんだろ。種も仕掛けもあるのが魔術ってやつなんだよ。魔力も使わず一瞬で空間を繋ぐような手段は、普通に考えて有り得ないんだよ」
「んじゃー“普通”じゃねえナニかがあんだろ」
「なんだいその頭悪そうな物言いは━━━・・・いや、あながちそうとも言い切れないね」
「・・・ウィネスさん?」
何かを考え込む時の彼女の癖で、すうっと細められた両眼が私の上にピタリと固定され、頭の天辺から足の先までをじっくりと観察される。
「おや・・・ハネズ、胸の辺りに何かいるね」
「えっ!?」
なにその『何か取り憑いてます』的なホラー発言!?怖いよ!!
「別にタチの悪いもんじゃ無さそうだけど、なんだろね?」
「うひぃっ!!」
心霊全般が苦手な私は、全身でかの巨匠が誇る世界的名画の体現者となった。
(((ぎぃやああああーーーーー!!)))
脳内に木霊する己の魂の叫び。
━━━ と、その時。
ぽよん、とオレンジ色に光るものが私の胸の中から現れた。
「・・・ト、トちゃん・・・?」
ぽよよん。
手のひらサイズのまあるいフォルムにフリルみたいなヒレ。
━━━ うん。昔飼ってた金魚のトトちゃんにソックリだ。
「・・・さっきのフェアリーランプ?くっついて来ちゃったんだ・・・。ハハハ・・・はぁ、驚いて損した・・・」
「━━━ハネズ?なんだいコレ」
「と・・・通りすがりのフェアリーランプ・・・とか?」
「通りすがりて、あんた。・・・なんだか色々おかしい気がするのはあたしの気のせいかい?」
「えっ?そうですか?」
「まず形からして奇妙だし、動きが妙に生き物っぽい。フェアリーランプは自然現象だってのが通説なんだけど、こんなのは見たことが無いよ」
そう言われて、私は私の身体の中を通り抜けたフェアリーランプが自在に形を変えた一件をグウィネスさんに報告した。
「・・・へぇ面白いね。まったく、あんたといると退屈しなくて済むよ。次から次へと思いもよらない事が起きる」
「そ・・・ソウデスカ」
なんも言えん━━━━。
自ら進んで何かをやらかしてるつもりはないんだけど、故郷と現地の常識の違いとかで、無自覚に何か突拍子も無い事をやってる可能性は否定出来ない。
「ま、別に害になるもんじゃなし、ソレは放っといて構わないだろ。どのみち摘まんで放り出す事も出来やしないんだから」
そりゃまあ実体が無けりゃ掴めやしないもんね。
近付くとモワッとするだけで手応えも何もないし、まるで霞みたいだ。
そして夜更けまで家の中を悠々と泳ぎ回っていたオレンジの金魚は、前回同様何の前触れも無く唐突に姿を消した。




