乙女の長い一日 その9
たくさんのフェアリーランプが身体をすり抜け、金魚の姿に生まれ変わってゆく過程で、私はふとある事に気付いてしまった。
━━━アレ明らかに『金魚』違ウ。
という種類のものが混じっている事に
。
・・・海月???
いやさ・・・確かに一瞬、『フヨフヨしてて金魚ってゆーより海月だよね』とかも思ったけど。
ひょっとして私の考えてる事が何か影響してたりするの・・・?
もっと別の形のもの━━━例えば私しか知らないような・・・地球の生き物とかを想像してたら。
「うーん・・・イルカ?・・・それともクジラとか・・・?」
頭の中で思い浮かべるだけならそう難しい事じゃない。
実物を見た事がなくても、あっちには記録映像というものが存在していたから。
「えっと、じゃあ━━━」
クジラ、クジラ、と私は頭の中で世界一大きなシロナガスクジラを思い描いた。
━━━すると。
私に群がっていたフェアリーランプ達が一斉に一つに纏まって、狭い屋根裏部屋が一挙に鮮やかなオレンジ色に染まった。
「わ・・・っかんない。部屋が狭すぎて、何が何だか」
テンパる私をよそにオレンジの光はゆったりとした動きで移動を開始、ゆらりゆらりと明滅を繰り返しながら窓の外へ━━━━壁をすり抜けて空へと漕ぎ出した。
「うわっ・・・、ホントにクジラだ!!」
もしかしたらフェアリーランプは、私の身体をすり抜ける瞬間に私の『記憶』を読み取っていたのかもしれない。
そういえば最初にフェアリーランプを見た時、色が金魚みたいだと思ってチラッとトトちゃんを思い出したんだよね。
なるほど納得と一人で悦に入ってたら、屋根の小窓にコツンと何かが当たる音がして、私は窓ガラスにへばりつくようにして外を覗き込んだ。
「シグ!!」
「━━━ヨシ、当たり」
見ればどうやって登ったのか、四・五階分の高さの屋根の上に大きな身体が身を縮めて潜んでいる。
「うわぁん!シグの馬鹿ー遅いよー!!」
「悪ぃ悪ぃ、気付くのが遅れた・・・・・で、ありゃ何だ!?狼煙代わりにはなったが目立ち過ぎだ!建物の中からデカブツがぬうっと生えてきやがったぞ!」
言われてシグの振り向いた方を見れば、さらにたくさんのフェアリーランプが集まって巨大化したオレンジ色のクジラが、悠々と夜空を泳ぎ回っている。
「さ、サア、ナニカナァー?ワタシモヨクワカラナイヨー?」
「思い切り言動が不自然だが・・・、まぁいい。━━━怪我は無えな?ここの連中に何もされてねえだろうな!?」
「まだ何も」
私の答えにシグがハアァと深い溜め息を落とす。
「いや、間に合ってヨカッタぜ。お前さんになんかあったら俺は━━━」
・・・も、もしや、これは乙女な告白ですか!?
「危うくババァと獣にブッ殺されるとこだぜ」
「あー・・・ウン。わかってた」
そんなこったろうと思ったよ!!
爽やか系ヒーローの登場を期待した私が馬鹿だったよ!チキショー!
「ヨシヨシ、取り敢えず早いとこ山に戻るぞ。ババァはともかくお前の『母親』に異変を嗅ぎ付けられたらシャレにならん」
「え?」
「トレンカの町の二の舞というか、今度は確実に人死にが出る。見境無くなるぞアレは」
「・・・!は、早く帰ろうシグ!!」
「応。━━━てことで、屋根を破るからお前さん、部屋の隅に避けてろ」
「は?屋根を?何?」
「いっくぞー、せーのー・・・」
いたって気楽な掛け声のわりに、その後が凄まじかった。
ドゴオオオオオーーーーーーン!!!!
まるで雷が落ちたような音がして、屋根裏部屋の天井に大穴が空いた。
頭上からバラバラと屋根材の破片が降り注ぐ。
なんとシグは片足で呆気なく屋根を踏み抜いてしまったらしい。・・・どんな馬鹿(力)だ。
「これでヨシ!」
「『これでヨシ!』じゃなあああーーーいっ!!もっとこう密やかに脱出させてよ!!」
そして階下の人拐い達がこれだけの破壊音に気付かないはずもなく。
当然「何だ、どうした」と大騒ぎになって、ドタドタと階段を駆け上がる複数の足音がこちらに近付いて来るのが聞こえた。
「うわあぁん!気付かれたーーー!!」
「相手にしなきゃ問題ねーって。ホラ行くぞ!」
「わきゃっ!」
屋根裏の斜めになった天井に空いた大穴から、ヒョイと伸びてきた腕が脇の下に巻き付いたかと思うと、私の身体はあっという間に屋根の上に引き上げられた。
「た・・・高い!それに、足場・・・足場が不安定過ぎっ、いぃぃやああぁーーーーっ!!」
「暴れんなって、落としゃしねーから!」
「しがみつきたいのに後ろ手に縛られたままのせいで、余計にバランスが取りづらいんだよ!」
「・・・今切ってやる」
手首の縄に剣の刃先を押し当てる感触がして、ブツリという音とともにそれが足下に転がり落ちる。
両手が自由になった私は速攻でシグにしがみついた。
そりゃもうセミになった気分だ。
身長差がありすぎて胸元に顔を埋める感じになったけど、羞じらう余裕もなく両腕をしっかりとシグの胴に巻き付ける。
「・・・ううぅ、こ、こわかった・・・」
「そっか、ヨシヨシ。後は任せとけ」
乙女らしいトキメキは皆無だけど、安定感は抜群だ。
なんだかんだ言って、一緒に旅をしてた間にシグの破天荒さにはすっかり慣らされちゃって。
一緒にいると何があっても最後まで生き残れそうな気がするから不思議だ。
「なんだあの屋根の穴は!娘はどこだ!?」
「━━━もう買い手が決まったんだぞ!“仕込み”直前で逃がしてどうする!探せ!!」
「“出荷”が遅れりゃこっちが大損だ!!」
階下から足音も荒く屋根裏部屋に突入してきた男達が、私的には心底どうでもいい裏事情を声高に叫んでいるのが聞こえてくる。
・・・・・あ、危なかった!
この様子だとすぐにでも“仕込み”とやらが行われた可能性が高い。
薬漬けか、実演か、どのみちろくでもない内容なのは確実だ。
だけどその台詞で、自分がどれだけ危うい状況に置かれていたのか改めて気付かされてしまった私は、今更だけど身体が震えてきた。
これだから『平和ボケした日本人は』って、よく言われるんだ・・・。
ある意味この世界は、元居た世界の『危険な国』より、更に危ない場所なのかもしれない。
人間と人間じゃない種族がいて、魔法があって、当たり前のように剣を振るう職業があって。
でもそれは疑似体験的な世界なんかじゃなくて、痛みを伴った現実で。
まだまだ覚悟が足りてなかったんだと思い知らされる。
「・・・悪ぃが持ち運ぶぞ。絶対に落とさねえからお前は大人しく抱かれてろ」
「え・・・?」
言われた言葉を理解するより先に身体がヒョイと抱き上げられる。
ついでに旋毛の辺りにふにっと柔らかいものが当たる感触が。
・・・・・・・ぇえ?
これが平常時なら多少は頬を染めて羞じらうか、頭突きをかまして抗議する場面だけど、頭の中がちょっとした恐慌状態の私は相応の反応を返す余裕も無く、手足を縮こめてプルプルと身悶えた。
建物の内部では逃げた獲物を追うための人手が、上に下にと慌ただしく動き回っている気配がして、このまま逃げ切れるんだろうかと、ほんの一瞬だけど不安な気持ちが胸を過る。
だけど腕の中から見上げるシグの眼はいつも通りで。
何もかも楽しんで面白がっているような、傲岸不遜で不敵な眼差しがそこにある。
まあ、獣人の身体能力は純人のそれとは比べ物にはならないくらい優れてるから、多少『荷物』が増えたところで動き回るのに何の支障もないのかもしれない。
足場の悪い屋根の上で、難なくヒョイヒョイ移動してしまえる程度には。
そう、たとえ地上十数メルテの高さから飛び降りたとしても━━━━━━━。
「ちゃんと掴まってろよー」
「ぎゃっ!馬鹿馬鹿っ!ホントに飛び降りる気なの!?」
あんたはよくても私は普通の人間だっての!!
これってフツーに飛び降り自殺出来る高さだから!!
お家に着く前にもっぺん天国に行っちゃうからあああーーーーー!!
「いいぃやあああぁーーーーー!!おウチに帰る!おウチに帰るぅううううーーーーー!!」
「せーのっ!」
━━━━跳んだ。
私は何度目かの鳥人間の気分を味わった。
こんなの死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃうぅ━━━━━━━!!!!
・・・・・もう死ぬのは、ヤダ・・・・・
地面が近付いた瞬間、頭の中が真っ白になって何かがパチンと弾ける音がした。
気が付いたら私とシグは見慣れたグウィネスさんちの居間に折り重なるようにして『着地』を果たしていて、その場に居合わせた家主を死ぬほど驚かせる事になった。




