乙女の長い一日 その7
昔から私はよく“迷子”になる子供だった。
五歳の時『初めてのお使い』で近所の八百屋さんに行こうとして、何故か隣の町内まで歩いて行ってしまい、帰り道が分からなくなってギャン泣きしているところをお巡りさんに見つけてもらったり。
小学一年の時に友達と近所の公園でかくれんぼをしてて、普通に隠れてたつもりが誰にも見つけてもらえず、なぜかまる一日以上放置されて行方不明扱いになり、捜索願いを出されてしまったり。
中二の林間学校で野外活動の最中に最後尾を歩いていて崖下に転落、誰にも気付かれずに夜の点呼の時間になって不在が発覚。職員総出で捜索されるも発見されたのは翌朝になってから、とか。
他にも色々色々色々あった。
母親には「あんたは目を離すとしょっちゅうおかしな事になってんだから!」とよく呆れられたものだ。
そしていつも最後には「変なところが父親に似たのねぇ・・・」とほろ苦い表情で泣かれるものだから、私が父親譲りの妙な“血”を多少恨みに思うのも仕方がないというものだろう。
私の父親はフリーのカメラマンというよく分からない肩書きを持つ人で、一年の半分は行方が知れないという謎の放浪癖があった。
知らぬ間にフラリと姿を消したと思ったらいつの間にか戻って来ているというような、掴みどころの無いその生態には母娘共々ほとほと悩まされたものだ。
でもだからといって特に夫婦仲が悪いとか、親子関係が険悪だとか、そういう感じでもなかったんだけれど、年々ささいな擦れ違いで降り積もってゆく心の澱だけは、母にも私にもどうする事が出来なかった。
━━━そして現在、華朱は異世界にて絶賛『迷子中』・・・てゆーか監禁中?
「なんでこうなった・・・」
屋根裏とおぼしき薄暗い小部屋で、後ろ手に拘束された状態で体育座りしながら、自分の置かれた状況を頭の中で必死に整理してみる。
・・・数十メルテのお使いで迷子(?)とか、保育園の頃より悪化してない?
いや、自主的に迷った訳じゃないんだけどさ!
ちっちゃな子がお母さんを呼びながら泣いてたら、そりゃ声を掛けるでしょ?
「おうちに帰りたいよー」とかって、涙目で縋りつかれたら、ほだされるでしょ!?
「お姉ちゃんこっち、こっち」とか言われて手を引かれたら、着いてくでしょおおお!?
そんで人通りの少ない路地に入ったと思ったら、急に両脇をガタイのいい男に挟まれて、有無を言わさず馬車みたいな乗り物に押し込められたんだけど・・・。
なんてゆーか見事な連携プレーで叫ぶヒマも無かったよ。
━━━みんなグル!?あの女の子の泣き顔演技!?女優なの!?
“慣れ”を感じる手際の良さといい、こうして拐った子供を囲っておく場所が予め用意されている事といい、素人犯罪じゃないのは確実だ。
「異世界コワイ・・・」
“すぐそこ”の距離のお使いの最中に拉致られてしまった。
・・・でもこういう時、ただ泣き喚いて事態が好転したためしなんて一度もない。
我ながら嫌な経験値ばっかり積んでると自分でも思うけど。
取り敢えず捕まってからは『脅え過ぎて声も出せない気弱な少女』を装ってたから特に乱暴されるような事もなく、実行犯の男二人に「手がかからない娘だ」と下卑た嘲笑いを向けられるに留まった。
「暴れて怪我でもされりゃあ売値が下がるが、これなら薬を嗅がせて大人しくさせるまでもねえ。楽なもんだ」
「娘、無駄に痛い目をみたくなかったらそのままイイ子にしてるんだなぁ。運が良けりゃキレイな身体のまま客に買って貰えるかもなぁ?」
従順な獲物に気を緩めた男達が馬車(?)の中で漏らしたその台詞は、私が『商品』として売られる事が決定付けられている事を教えるものだった。
・・・私このまま売られちゃうのかな。
でも、今すぐ乱暴されないだけまだマシ?
落ち着け・・・私、よく考えなきゃ。
通りで拐われてから乗り物で移動したのは、ほんの十分か十五分程度。
私が捕らわれているこの場所は、街中からそう遠く離れてはいない━━━『木の葉を隠すなら森の中』だ。
私が一人で“お使い”に出てから、既にかなりの時間が経ってるし、いくらなんでもシグが異変に気付いて探してくれている・・・はず。多分。
「わ・・・忘れられてないよね・・・?」
もしそこまで薄情な男だったなら、速攻で絶縁を言い渡すよ!!
・・・・・それにしても癪なのは、私を拐った連中は誰一人として私が成人年齢(こちらの世界での)に達した乙女だと思っていやがらぬ事だ。
非力な幼い少女と油断されるのは大いに結構。
そのお陰で両手を拘束されるだけの甘い処置で放置されているんだし。
・・・・・く、悔しくなんかないやいっ!
こんな時魔法が使えたら何かが違ってたんじゃないかとつくづく残念に思う。
でも残念ながら私は魔力が無駄に多いだけで、魔力を魔法としてつかう才能は欠片も持ち合わせてなかったらしい。
グウィネスさんにあれこれ教わったものの、結局私は小さな種火ひとつ生み出す事が出来なかったから。
ただ何故か魔道具に魔力をこめる作業だけは難なく行えるので、魔道具の動力源としてはとても重宝されている。━━━つまりそれ以外はポンコツで、非常時には何の役にも立たない、ということでもある。
グウィネスさんは魔力がこれだけあって何故“術”として発動しないのかと首を捻ってたけど、私にはちょっとだけ心当たりがあったりする。
要するに魔力の『質』が違うんじゃないかと思うんだよね。
━━━だってホラ、異世界産だし。
電化製品だって国外だと変電器を通さなきゃ使えなかったりするじゃない。
そんで多分、キューブがその役割を果たしてる、と。それならキューブにこめた私の魔力が普通に使える理由も納得がいくじゃない?
・・・とまあ、そこら辺の事情はともかく。
今問題なのは“打つ手無し”というこの状態だ。
当たり前だけど屋根裏部屋には鍵が掛けられてるし、窓ははめ殺しで開けられない構造。
仮に扉の鍵が開けられたところで、階下に大勢いる敵の目を掻い潜って逃げ切るのはどう考えても無理があるし、窓を破って外に出てもそこは高い屋根の上。
・・・創作ならこういうシチュエーション、颯爽と救世主が現れる場面よね。
私の主人公補正どこ!?
今からでもいいから、なんかチート機能下さい神様あああぁーーーーー!!
神様はいなかった。
その代わりと言っちゃなんだけど、非常に荒んだ気分の私の目の前に、なんだか妙に見覚えのあるモノが現れた。




