乙女の長い一日 その6
━━━それは正しく“運命の出会い”
異国より遠い遥かな地で、生き別れになった恋人に偶然巡り会った気分・・・!
嗚呼、愛しのマイスイートハニー。
チョコレェェーートォォォーーーーー!!
「うっふっふ・・・」
日本人のソウルフード味噌か醤油に類する品があればと、ダメ元で入ったお店でまさかの出会い!
料理研究家の実母の影響で、料理やお菓子作りの知識がそこそこ豊富だったのが幸いした。
故郷では輸入食材店にも頻繁に出入りして、実際にカカオバターでチョコレート擬きを自作した事もある。
出来上がりはプロの味には程遠い代物だったけど、それなりに美味しかったと思う。
「嬉しい、嬉しい。こんな所で出会えるなんて・・・!」
思わず身悶えるレベルで感動。
んもー、このときめきをどうしてくれよう!
表情筋が緩んでつい顔がニヤけちゃうよ。
「くふふふ」
買い物袋をぎゅーっと抱き締めながら歩いてたら、唐突に後ろから伸ばされた腕に、身体がぐんと持ち上げられた。
「ちょっと!勝手に人を持ち運ばないでよシグー」
いつもの事だけど私の抗議はサラッと流されて、挙げ句に『無自覚に周りを刺激しやがって』とかなんとか、訳の分からない説教まで追加された。
━━━しかも、顔が!近い近い近い近い!!
何の嫌がらせかグイグイ顔を近付けてくるんだけど!
これ見よがしに女より綺麗な顔を近付けられると、意味も無くムカついてくるんですけど!!
むきぃ━━━━━━!!
あんまり腹が立ったから、嫌がらせにシグに買ったばかりの花柄の端切れでほっかむりをしてやった。
・・・ちなみに手拭いの端を鼻の下で結ぶ『ネズミ小僧』スタイルのアレ。
超絶美貌の花柄ネズミ小僧を子供が指を指して笑ってたけど、本人は全くこれっぽっちもダメージを受けた様子もなく、グラニテ市場通りにあるグウィネスさんの倉庫まで私を抱えて歩き続けた。
━━━なんという鋼のメンタル。
倉庫にたどり着き、いよいよ転移陣を起動させて家に戻ろうという段階になって、私はふとある事を思い出した。
「━━━あ。砂糖・・・買うの忘れた」
チョコレートを作るのに大量に甘味を使う事を今頃になって思い出したのだ。
家の在庫をチェックし忘れていて、足りなくなる可能性もあることに今更ながらに気が付いてしまった。
今を逃せば次は買い出しがいつになるか分からない。
「シグ、帰るのちょっとだけ待って!」
「なんだ?」
「お砂糖買い忘れたの!確かここから四、五軒先のお店で売ってるの見掛けたから、そこで買い足してくる。すぐ近くだし、私一人で大丈夫だよ」
「まぁ、目と鼻の先だしな・・・」
シグは一瞬だけ眉を曇らせたけど、この距離で保護者同伴というのも過保護すぎると思い直したのか、いたって気軽に私を送り出した。
私もまさか、ほんの数十メルテの距離のお使いで人拐いに遭うとは、この時これっぽっちも思っていなかった。
*
「帰って来ねえ・・・」
あれから半時は経ってるってのに、小娘が帰って来やがらねえ。
近場で済む用事だというから、一人で送り出したのが間違いだったか。
どこで道草を食っているんだか・・・。
ぼんやりと待つのも飽きて倉庫を出れば、そろそろ陽が傾き掛ける頃合いになっていた。
「陽が暮れちまうと探すのが面倒だな・・・」
ネージュが砂糖を買いに行くと言っていた店は、倉庫からほんの四、五軒先だという話だった。大方他の商品に目が行って時間を忘れているんだろう。━━━━この時はまだそう思っていた。
近場の店を端から覗いて回り、行き違いの可能性も考えて何度か倉庫にも戻って中を確かめる事三回。
「どこにもいねえ・・・」
流石にこれはおかしいと自分でも思い始めたその時、ふと通りの隅から子供の声で躊躇いがちに呼び止められた。
「なぁなぁ美人の兄ちゃん、あんたさ、あの黒い頭のちびっこいねーちゃんのツレだろ?」
黒い頭のちびっこいねーちゃん・・・。実に端的な表現だ。
「・・・お前さん」
声を辿って振り向けば、なんとなく見覚えのある顔の子供が立っている。
昼間グウィンの荷運びをしていたポーターの少年の一人だ。
「あのねーちゃんさっきそこで見掛けてさ、何となく危なっかしくて目で追っ掛けてたら、その、変なのが後を付け回してて・・・。気が付いたらいつの間にか姿が見えなくなって・・・オレ、知らせた方が良いと思って・・・」
「・・・・・はぁ」
出歩く度に持ってかれてどうすんだ、あの娘━━━━━━!
「・・・教えてくれてありがとよ。後はこっちで何とかする」
ポーターの少年に詳しい話を聞き出したところ、ネージュの後を付け回していたのは複数の男達だったらしい。
手馴れた様子で人混みで騒ぎも起こさず人一人を連れ去った手口から、それが素人の仕業ではないことは明らかだ。
組織的な犯行なら拐われた本人が大人しくしている限り、暴行を加えられる可能性は低い。
『商品』として売り捌く為に捕らえたのなら、傷を付けて商品価値を下げるような真似は御法度だからだ。
それが分かっただけでも、不安材料は幾らか取り除かれた。
━━━━━だが今回の事は、僅かな間とはいえ、俺があいつから目を離したのがそもそもの間違いだ。
一瞬グウィンに報せたものかと考え━━━━街が更地になった光景が思い浮かび、止めた。
なんとしてでも自力であいつを取り戻さなければ。
━━━━俺の、平穏な老後の為に。
おい、・・・・待てよ。
ひょっとするとこいつは、あの『母親』が大暴れする案件じゃねえのか・・・!?
あの、災害級の獣がテメエの子供を二度も拐われて大人しく泣き寝入りするか━━━!?
「ありえねー・・・」
どこのバカだ!!よりにもよって、厄介極まりない娘に手を出しやがったのは━━━━━!!
街ごと滅びてえのか!!
「チッ!」
純人と獣人の共存が進んだ国でも、大抵街中での獣化は禁止されている。
モラル云々の前に、人型で過ごす事を前提に作られた街は、獣形では不自由が多いからだ。
ここで獣化して自分が走り回れば、かえって悪目立ちして通報されかねない。
面倒でも人型のまま感覚を研ぎ澄ませるしかない。
「匂いが消える前にできるだけ跡を辿らねえと・・・」
俺はポーターの少年が最後にネージュの姿を見掛けたという場所から、僅かな匂いを頼りに街を歩いた。
・・・大通りから横路に入り、そして裏路地へ。
だがある程度匂いを辿った所でネージュの匂いは突然プツリと途切れた。
「多分ここらで担ぎ上げられたか、乗り物に押し込められたか・・・」
ジリジリとした焦燥感が胸に迫る。
「頼むから大人しくしててくれよ・・・ネージュ」
お前に何かあったら━━━━━。
街が瓦礫の山、もしくは更地に変わる。
それは予感なんていう生易しいもんじゃなく、『確信』だ。
「・・・奴らなら絶対やる」
たのむぜ救世主。無事でいてくれ。




