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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女の長い一日 その5

「ふっふんふ~ん」


鼻歌混じりの歩調に眼下で黒い旋毛つむじが機嫌良さげにピョコピョコと揺れる。


表通りの雑踏でもネージュの黒い頭はよく目立つ。

ただ小さすぎてちょっとでも目を離すと、人混みに紛れて見失っちまうのが難点だ。


保護者の監視付きで与えられた自由時間をそれなりに満喫しているらしい娘は、手に入れたばかりの商品を大事そうに抱えながら、足取りも軽く街を練り歩いている。


自分もようやく手に入れた腰の剣にそっと指を這わす。

実用一点張りの武骨な拵えだが、そこが気に入って選んだ業物わざものだ。

今まで丸腰でなんとなく落ち着かなかったが、これで人型でも無理なく戦える。

慣れた道具が手元にあると無いとでは、気の持ちようが大違いだ。


「あっ、あれ何だろ?見たことない」


「まてコラ!急に走り出すな!」


・・・言ってる傍から通りの反対側を目掛けて駆け出しやがった。


「チョロチョロチョロチョロ・・・。頭の黒い砂ネズミめ」


あれで十八だというから驚きだ。

この落ち着きの無さ、どう見てもまんま子供じゃねえか!


十八の女といえば純人にんげんなら大抵が嫁入りの適齢期のはず。

もうちょっとこう、大人の落ち着きとか、色気とかがあってもいいんじゃねえのか?


何にでも興味を示すもんだから、あっちこっち歩き回って強引な客引きに引っ張り込まれそうになる事数知れず。


・・・いいカモにされかかってるってのに、本人は全く気にも留めずに面白そうに他人の言葉に耳を傾けてやがる。

いったいどうやったらあんなポヤポヤした生き物が出来上がるんだろうな?


そこそこ治安が良い街だといっても、見えない場所で詐欺や盗人が横行するのは当たり前、人身売買目的の路上狩も油断ならない。

ましてやあんな非力そうな小娘ならひとたまりもない。

あっさり首根っこ掴まれて猫の仔みたいに持ってかれるに決まってる。


「っ!!うおぃコラ待てそこーーーーーっ!」


言ってる端から店の奥に引きずり込まれてんじゃねえええ!




「・・・ネージュ!」


「あ、シグ」


「『あ』じゃねえ!『あ』じゃ!ナニあっさり客引きに捕まってんだ!」


「えと・・・、ちょっと気になる物があってね」


「あ”あ”?」


今回ネージュが引っ張り込まれのは、香辛料を扱う店らしかった。

こじんまりとした薄暗い店内は、様々な種類の香辛料の香りが入り混じった独特の匂いで満ちている。

これが練り香や香油なんかの香料を扱う店なら、若い娘が気に留めるのは分かるんだが・・・。


「いったいこれのどこに惹かれる要素があったんだ?」


「その・・・珍しい品が入荷したっていうから、故郷の味に巡り会えないかと思って・・・」



━━━すっかり忘れてた・・・。

普段の態度があんまり普通なもんだから、これが何処か見知らぬ土地から跳ばされて来た人間だった事を、今の今まできれいさっぱり忘れていた。


そういえばこいつが、ネージュが、故郷の事で泣いたのは初めて遭った時だけだ。

あの時は酷く気が動転している様子で、おまけに盛大に号泣し始めたもんだから、いつ声を掛ければいいのか判らなくて困った覚えがある。


「・・・、そうか」


この娘の故郷・・・『にほん』とやらが何処らへんにあるにしろ、大陸共通語が通じるという事は、辺鄙な場所ではあってもそれなりに文化的な国ではあるんだろう。

慣れ親しんだ環境から不意に引き剥がされて、故郷の味とやらを求めるのも分からんでもない。


「ま、好きにしろ」


「うん!」


元々料理が得意だったらしいネージュは、グウィンと暮らすうちにすっかり厨房係が身に付いて、日々の賄いの殆どを請け負うようになっている。

その上高級品である砂糖や蜂蜜を惜しげもなく使って日常的に菓子を焼く。


本人に特別な事をしているという意識が無いあたり、それが当たり前の暮らしだったとすれば、ネージュはかなり裕福な家庭で育った娘だという事だ。


いまでこそ家事や水仕事で手を荒らしているが、出会った当時はアカギレひとつ無い滑らかな手指をしていて、初めて抱き上げた時にはその身体の柔らかさに本気で抱き潰す心配をしたものだ。


「これ・・・この匂い、どこかで嗅いだ事がある・・・」


あちこちの棚を見て回っていたネージュが、ふとある品に目を留めた。


「バターみたい・・・ううん、バターより硬い?のかな・・・甘い匂いがする」


「お嬢サン珍しい品に目を留めたネ。ソレこの辺りじゃまだ馴染みが薄いんだけど、薬膳とかに使うやつだヨ」


「薬膳?・・・“医食同源”とかって、あれ?」


「そうそう!若いのによく知ってるネ」


言葉にやや南の訛のある年嵩の店員が面白そうに話し掛けてくる。

高価な香辛料を扱う店では、若い娘の客がめずらしいんだろう。


ネージュが目に留めたのは何やら白っぽい塊で、大きな物を手頃なサイズに割り砕いてある。


「これの、原材料ってどんなのですか?」


「原材料かい?これだヨ。見本にって取引先の商人から貰ってサ、珍しいから一つ飾ってあるのさ━━━」


ほら、と店員が指を指した先にある物を見たネージュの顔が、驚きに染った。


「カカオ豆━━━━!?」


それは大人の掌からもはみ出す大きさのゴツゴツした木の実で、自分には見覚えが無い代物だったが、ネージュは知っているようだ。


「えっ、じゃあこれ、カカオバター!?嘘でしょ・・・肝心のカカオマスは!?チョコレートのキモの部分は何処に行ったの!!あの魅惑の香り成分は━━━」


「お嬢サン何やら興奮してるネ?もしかしてこれをお探しカナ?カカの実を焙煎して粉に挽いた物だよ」


「それだああぁーーーーーーっ!!」


この瞬間、俺が未だかつて見た事がないぐらい、ネージュの目は輝いていた。


「買います!買いますこの二つ、私の手持ちで買えるだけ!」


「・・・へ?こんなに沢山どうするのかナ?薬膳だってほんの少量を香り付けに使うぐらいだヨ?」


「ふっふっふー、私には秘策がある!」


「エエ?興味あるなぁー」


「まだ内緒ー」


結局ネージュは魔力変換装置に魔力を補充した分の代金の半分を注ぎ込んで、カカの油脂バターと粉末を買えるだけ購入していた。




「くふふふ。あー楽しみー・・・。どうやって仕上げよっかな。生クリーム入れる?それとも香り付けにリキュール・・・」


━━━━満面の笑みだ・・・・・。


さっきの店を出てからずっと、ネージュが満面の笑みを浮かべてる。

買い物袋を大事そうに抱え、目許を紅く染め瞳を潤ませて、うっとりした表情で。

だから・・・そこで食い物の事を考えてるとは思えないほど、艶っぽい溜め息を落とすのはヤメロ。


擦れ違う男共の八割方が振り替えって二度見してんじゃねえか。

くっそー・・・。普段俺の前でこんな顔した試しがねえくせに、なんだってこの状況で色々と駄々モレになってやがんだ。

一人だったらとっくに人狩りに狙われてる。危なっかしいなんてもんじゃねえ。


「はああ・・・」


何の自覚も無さそうな娘を、後ろから荷物のようにヒョイと持ち上げれば、「ひゃっ!?」と色気の無い奇声が上がった。


「ちょっと!勝手に人を持ち運ばないでよシグー」


「るせー、激鈍ゲキニブめ。黙って運ばれろ!無自覚に周りを刺激しやがって・・・」


「ぐ・・・この至近距離での顔テロ・・・!」


何ブツブツ言ってやがんだ?


近くにある小さな顔を覗き込んだら、紅雀のヒナみたいに真っ赤に染まった顔が目に飛び込んできた。


・・・お?・・・


面白くなってもっと顔を近付けたら、掌でグイグイと押し返される。

・・・・・面白い。

そのうち力比べみたいになって、呆れた娘に買ったばかりの布を頭から被せられた。


「その歩く猥褻わいせつ物を何とかしろ!」と怒鳴られて。


はてな?特に何もした覚えはねえんだが・・・。





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