乙女が奈落で出逢うものとは
一人が二人になったところで、真っ暗な牢獄に閉じ込められてるっていう状況に何一つ変わりはないのに。
それがたとえ顔も見えない相手だとしても、『一人じゃない』というだけで気持ちにこれほど余裕が生まれるものなんだって、初めて知った。
・・・まぁそれは寧ろどっちかっていうと、相手の雰囲気に流されての事だけど。
何しろ悲壮感の欠片も無いから、この人。
「いやー参った参った。最後に看守が見回りに来てから随分長いこと放置されてたもんだから、磔のままくたばるかと思ったぜ」
凝り固まった筋肉をほぐすように全身で伸びをしながら、コキコキと関節を鳴らす。
なんかまるで準備運動でもしてるみたいな気楽さだ。
「見回り、来るの?」
出入口も無いのにどこから、という疑念はそのまま声音に現れてたらしい。
ああ、と得心したように呟かれた。
「この暗さじゃ見えんだろうが壁に転移用の陣が刻まれててな。役人共はそこから出入りしてる」
「・・・なにそのファンタジー」
「あぁ?」
「あー、いやなんでも・・・そういうのって実はごく一般的な仕掛けだったりする?」
「んなわけあるか」
知識と技術と魔力(!)とついでにお金も掛かるそうだ。
でもってシグはその『地位も身分もある相手』に、そうまでして生かして捕らえておきたい相手だと思われてる・・・・・。
なんて厄介な。
でもそれは私には関係のない事情。やめやめ!
私は色々と余計なことを詮索しそうになる思考に、即座に蓋をした。
好奇心は猫も殺す、と言う恐ろしい諺もある。
「それにしても暗い・・・もっと灯りが欲しい」
天井の裂け目から降り注ぐ光は相変わらず薄ぼんやりとして頼りなく、僅かに物の輪郭を浮かび上がらせるだけ。
人工の灯りに慣れた人間にはとてもじゃないけど物足りない。
こんなところに何日も独りきりで閉じ込められたら、私なんかあっという間に気が触れてしまいそうだ。
「・・・シグがどのくらいここに居るのか知らないけど、よく正気が保てたね」
「俺は雑種の中でも夜目が利く方でな。暗いのは別に苦にならん。身体の方もやたら頑丈に出来てるせいで、そう簡単にどうにかなりゃあせん」
「雑種・・・て、ナニ?」
「あ?今時珍しくもなかろうが。異種族間の婚姻で生まれた『混じりモノ』のこった。俺の場合何代も前から色々と混じり過ぎてて、ごちゃ混ぜなんだが━━━━・・・。もしかして見た事ねえのか」
「うん、無い」
だいたいそんなの向こうには居なかったからね。流石、異世界。
「・・・もしかして人型に耳と尻尾が生えたりする?」
━━━━ケモミミ。もっふもふ。
魅惑のキーワードに一瞬だけ現状を忘れて、ほんの少しワクワクする。
「なんだその中途半端な変化の仕方は。転変するなら全身変わるに決まってんだろうが」
「・・・・・・・・ちぇ」
「なんだ、その謎の落胆ぶりは!」
ケモナーのささやかな夢だよ。
二次元でしかお目にかかれない究極の癒しさ。
というか、どうやらこっちでは人間以外の種族もメジャーな存在っぽい?
・・・・・どんなのがいるんだろ。
「ちなみにシグはどんな姿になるの?」
「狼と山猫と・・・まぁ色々だ」
「え!?そんなに幾つも姿があるの?見てみたい!」
「お前さんな・・・この暗がりで目が見えんのだろが」
「あっ、残念」
「それでなくとも、獣混じりの相手に『本性』を見せろなんぞと容易く口にしちゃならんのは常識だろう。特に若い娘は!」
「なんで?」
「・・・・・・獣に転変するには、服を脱いで素っ裸にならにゃならんだろうが」
「あぁ、そういう事情・・・」
よくある子供向けTV番組の変身シーンとは勝手が違うって事。
現実問題として服を着たまま転変(?)したら、かなり悲惨な状況になりそうだ。━━━━特に人型に戻った場合。
ポロリが歓迎されるのは若くて綺麗な女性だけ、というのはどこの世界でも同じだろうし。
「どんな世間知らずだ」とかシグが横でこぼしてるけど、仕方ないじゃない。
こちとらたった今生まれたばかりみたいなもんなんだから。
ふと会話に間が空いて、何か考えなきゃいけないと思うのに、何も思い付かない。
私はそのまま、その場で膝を抱えて座り込んだ。
奈落の底みたいに真っ暗な空間から、天井の幽かな光を仰ぎ見ていると、まるで自分が深海魚になったような気分になる。
それとも地獄の亡者か。
この際お釈迦様でなくても構わないから、誰か蜘蛛の糸を垂らしてはくれないだろうか・・・。
そんな事を思っていたら。
天井の隙間からふよふよと何か光る生き物らしきものが、泳ぐようにして洞窟内に降りて来た。