乙女と二人の保護者
もふもふ。もふもふもふ。
もふもふもふもふもふもふもふ・・・・・・・・。
「━━━━ハネズ、獣の毛皮を愛でるのは後にして、そろそろ話をさせとくれ」
「・・・はっ!」
ついつい頭の中がもふパラ状態にーーー!!
猫科のもふもふはちょっとどころでなく中毒性が高い。
しなやかでシルキーで、いつまでも触っていたくなる手触りだ。
「そこの若造に獣化を解いて貰わなけりゃ会話が出来ないんだよ」
“クソガキ”からちょっとだけ格上げ(?)したよ、シグ!
「あー、このままの姿だと喋れないんでしたっけね」
確かに獣の口だと人語の発音は無理っぽい。・・・声帯とかどうなってんだろ?
物語の世界なら基本的に獣人は普通に喋ってる場合が多いけど。
「魔力があってそこそこ器用な奴なら、音の振動に手を加えてそれらしく聴こえるようにする事は出来るけどね」
へーなるほど、そうなんだ。・・・・・もふもふもふもふ。
毛皮に対する未練タップリでいつまでも山猫シグルーンを撫で回していたら、ぶっとい前肢が伸びてきて頭をベシッと押さえ付けられた。
「あ痛っ!」
あーハイハイ。分かりましたよ、放しますよー。
ググ、と不機嫌そうに喉の奥を鳴らして長椅子に引っ掛けてあったシーツに潜り込んだと思ったら、顔を出した瞬間にはシグはもう人型に戻ってた。ちぇっ。
「・・・お前はいったい俺の何が不満なんだ」
「━━━毛量?」
そこでなんで憮然とするのかな。
「ふーん。あんたはちょっと見ない間に良い枯れ具合のジジィになったじゃないか、シグルーン」
「・・・フン。手前ぇはとっくにくたばった頃だと思ってたが、まだ生きてやがったとはな。流石は魔女だ」
人型に戻ったシグはシーツを身体に巻き付けたアジアのお坊さんスタイルで、改めてグウィネスさんと居間で向き合った。
それにしても何だろう、この雰囲気。
お互いのこの遠慮の無い台詞のやり取りは、どう見ても“ちょっと顔見知り”程度の知り合い同士には見えない。
もしかして・・・・・。
「もしかして二人は昔、夫婦だったりとかします?」
「ぶっは・・・!!」
「ぐふぉっ!!」
━━━━二人同時にお茶を噴いた。
「ハネズ!恐ろしい勘違いは止めとくれ!この色ボケしたクソガキがあたしの亭主なワケないだろ!」
「おまっ・・・、どっからそういう、この世の終わり的な発想が出てくるんだ!」
あれ、誤爆?━━━つか、この世の終わりてアンタ。
「私の命の恩人に失礼よ!謝んなさいよシグ!」
「オマエが俺に謝れ!よりにもよってこの鬼ババァが俺の嫁だとっ!?たとえ世界中の女が滅んだってこいつだけはありえねぇ!」
「そりゃあたしの台詞だよ!」
「・・・仲、良さそうに見えますけど?」
「「良かぁない!!」」
「ハァ、左様で」
でも“嫌よ嫌よも好きのうち”とか、そういうパターンて事も・・・・・・あいててててッ!
「オイコラ小娘。いまなんかろくでもない事を考えただろう」
「ぴゃっ!頭が割れるぅ~~」
頭!頭鷲掴み!やーめーてーーー!!
嫁入り前の乙女に何て事すんのよぉぉぉ!
シグルーンの久々のセクハラスキンシップに涙目になりかけたんだけど、すぐにその掌の力はゆるめられた。
「・・・?・・・」
「・・・・・とっくに天狼に喰われちまって、骨だけになってんじゃないかと思ってたんだがな」
溜め息を落としながらそう呟くシグの顔はいつになく神妙で。
大きな掌が頭の上を何度も往復するのを、私は黙って受け入れるしかなかった。
「もしかして・・・物凄く、心配かけた?」
「お前、俺がどんだけ薄情な人間だと思ってやがんだ」
「いや、だって、私完全にお荷物だったでしょ?一緒にいたのだって単に成り行きだし・・・。私がいなきゃシグはそのまま何処へでも自由に行けるんだから。それこそとっくの昔に他所の国でのんびり余生でも送り始めてるんじゃないかと」
「・・・勝手に俺の老後の計画を立ててんじゃねーよ」
「━━━━つまりあんたは、この子を目の前で天狼にかっ拐われてからずっと、そこいらを探し回ってたって事かいシグルーン」
少し間をおいてからのグウィネスさんのこの問いに、素直に答える代わりにシグはフイと目を反らせる。
「・・・ふぅん・・・」
すると何故かグウィネスさんの目が一瞬だけ、ニヤリと三日月形の弧を描いたように見えた。
「そりゃご苦労だったねぇ。でももう心配はいらないよ、今はあたしがこの子の保護者だ。今後ハネズが独り立ちするまでしっかり面倒みて、嫁入り先までバッチリ世話するからねぇー」
「えっ!本当ですか!」
「━━━━━」
「オヤ?えらく食い付いたね」
「だって私、ごく普通の家庭を築くのが夢ですから。平均的で平凡な家庭環境とか最高じゃないですか!旦那様と共白髪になるまで仲良く連れ添って、曾孫に看取られながらの大往生!」
「随分壮大な計画だね」
「でしょう?実は“普通”が一番難しいんですよ」
「・・・確かに。そうかもしれないねぇ」
私の持論に相槌を打ったグウィネスさんの声にはやけに沁々とした響きが含まれていて、きっとこの人もシグルーンも、平凡とは無縁の生き方をしてきたんだろうという事は、すぐに察しがついた。




