乙女にとって猫科の動物は全て猫
このところの私の一日は夜が明けるのと同時に始まる。
寝室で適当に身繕いを済ませた後、まず最初に台所と居間のストーブに火を入れてそれぞれの天板で湯を沸かす。
ついでに水瓶の水量をチェックして、足りなければキューブで生成。
魔力を流して起動させるやり方がイマイチよく飲み込めなくて、毎回スイッチの文言を唱えてるんだけど、別に不便は感じない。
だって元々そんなものが無い世界に住んでたからね。
お湯を沸かしてる間に軽食の準備もする。
グウィネスさんは基本的にしっかりした食事を摂るのは朝と夕方の二回。
その代わり頻繁にお茶を飲む習慣があって、お茶請けを口にする事が多い。
・・・ただその“お茶請け”が毎回軍用レーションもどきの味も素っ気もない乾パンのような代物だったものだから、気が付いたらつい「次からは私に作らせて下さい」と口走ってしまっていた。
だってあれじゃあ、食べる楽しみも何もあったもんじゃない。
実母が料理研究家の娘としては、黙っちゃいられません。
そしていつも薬缶のお湯が沸く頃に起きてくるグウィネスさんと朝のお茶。
この時は軽く焼き菓子を摘まむ程度で済ませる。
この後グウィネスさんは作業部屋に引きこもって仕事。朝食の時間に呼ぶまで出て来ない。
『仕事』の内容についてはまだ何も知らされてないけど、訊いていい事かどうかも判らないから基本私はノータッチだ。
それからお天気を見て掃除洗濯。
晴れてる時は洗濯優先で庭先に盥を持ち出して洗う。
こればっかりは手作業で地道に揉み洗い、もしくは足で踏み踏み踏み踏み・・・。
洗い終えたら庭木の間に吊るした紐に干して終了。
掃除は一度で家中を綺麗にしようとしても無理だから、毎日ちょっとずつでも続けるのがミソ。
散らかってる物を片付けて箒をかけてたら、大きな羽ばたきが聴こえて窓の外を見ると、ちょうどお母さんがチビちゃんを咥えて飛んで来たところだった。
「お母さーん!チビちゃーん!」
『はねじゅー きたのーーー』
わぁーい、もっふもっふうぅぅーーー!!
・・・掃除は中断しました。
「おや、あんた達今日も来てるのかい?毎日毎日よく続くねぇ。たいした過保護ぶりじゃないか」
庭先でジャレ合う私達の声を聞きつけたのか、作業部屋の窓からグウィネスさんがヒョイと顔を出した。
笑いを含んだ声に少しばかり抗議するように、お母さんが『クウゥ』と短く鳴く。
「もう心配はいらないと言ってるだろう?」
「ウィネスさん・・・お母さん何て言ったんですか?」
「おや、聞き取れなかったかい?『この子はちょっと目を離すとすぐに死にそうになって困る』だってさ!」
「おかーさんてば心配性・・・」
『 はねじゅ さむいの だーめ よわいの 』
「う、チビちゃんまで」
「ハハハ、弟まで過保護じゃないか」
『きゅん!』
・・・なんだかこそばゆい。
「ウィネスさん、お母さん達の声って聴こえる人と聴こえない人がいるみたいなんですけど、どうしてなんですか?」
「うーん・・・相性みたいなもんかねぇ。はっきりとは言えないね。心底嫌ってる相手の声を聴きたいとは思わないように、心から解り合いたいと願う相手の言葉はひとつも聞き漏らすまいとするものだろう?」
「・・・それは、はい」
「あたしはまずお互いの気持ちが向き合ってる事が大前提なんだと思うよ・・・こればっかしは上手く説明できないねぇ」
もしかしたらラジオの周波数が合う合わないというようなものなのかもしれない。
「けどねぇ、あんたはそれ以前の問題さ。よりにもよって子育て中の天狼が人間を囲い込むなんて、普通は絶対に有り得ないんだよ」
・・・・・デスヨネ。なんでこうなったんだろ。
「天狼の雌は獣の中でも特に母性が強くて、子育ての邪魔になろうものなら番の雄でも容赦なく巣から叩き出すからね」
「お・・・お母さん。旦那様にも厳しいんだ・・・」
そういえば住処で旦那様らしき雄の姿見掛けた事は一度も無かった。
私がお母さんやチビちゃんと一緒にいるようになったそもそもの経緯は、一応グウィネスさんにはかいつまんで説明してある。
お母さんの古い友人だという彼女に、何も言わないままお世話になるのは非礼にあたると思ったから。
ただ私の素性に関してはどこまで説明したものかと悩んで、結局曖昧にぼかしたままになっている。
━━━━だって私、絶対に胡散臭いよね?
もし自分の周りに『実は私異世界人なの☆テヘペロ』とかいう奴がいたら、『貴様は電波か!』って指差して笑うに決まってる。
それぐらい痛々しい。なので、本当の身の上は話しづらい。
現にシグルーンは私の事を転移術の事故か何かで何処からか跳ばされて来た奴だと思ってるみたいだった。
よくよく考えて一番現実味の有りそうな結論がそれだったって事よね?
別の世界から来た、なんて発想は普通しないから。
現実に身元不明の人間がいたとして、それが『竜宮城』や『桃源郷』から来たと本気で思う人間が何処にもいやしないのと同じ事。
自分で実際に体験でもしない限り“異世界”なんてものの存在を信じる輩はいないだろう。
「━━━でもねぇ、おチビを拐われて怒り狂ってたはずのあんたが、人間の娘の面倒をみる気になったのはなんでなんだい?」
あーそれ、私も知りたいです、お母さん。
私自身ずっと気になってた事だから。
あの時の私はかなり頭に血がのぼってて、死んでもあんな奴等と同じ生き物になるもんかって、それだけしか考えてなかった。
一歩間違えばお母さんにプチッとされてたかもしれなかったんだよねー・・・コワ。
『むすめ はは よんだ ないてよぶ した』
ギャアアアアーーーーーース!!!
おかっ・・・お母ぁさあああーーーーーん!!!
何、暴露してくれちゃってんのォオオオッ!
もしかして心の中まで丸見えデスカ!?以心伝心!?
「はっはああぁ・・・母性本能を刺激されたってわけかい。ナルホドね」
「うぅ・・・」
「何も恥ずかしがるこたないさ、ハネズ。あんたの母親を慕う気持ちが、猛り狂ってた天狼を鎮めたんだ。獣に口先だけの嘘やまやかしは通用しないもの。あんたのその二心の無い想いがあんた自身を生かしたのさ。そこは誇れば良い」
そ・・・そういう理由だったのかっ!でも納得した!
天狼の母性本能半端無い。
アレだ、アニマル特番でよく見た『種族を越えた愛情!』みたいなやつ。
~~~この恥ずか嬉しさ。どうしてくれよう。
「んもーーーっ、お母さん大好きっ!!」
ここはひとつ素直に愛情表現するべきでしょう、という事で。
私はお母さんの顔に思いっきり抱き付いてキスの雨を降らせた。
ついでにスリスリ寄ってきたチビちゃんにもキスハグ。
『きゅぅん すきすきー』
「んー。かぁわいーなぁ、もう!」
「・・・・・あんたそれ、一応天災級の猛獣なんだけどね」
グウィネスさんが呆れたように何かを呟いてたけど、声が小さくてよく聞こえなかった。
犬科の動物は全て犬でしょ?みたいな感覚。
野生の獣に対しての警戒心がうっすい日本人。
実際にやったらガブリと殺られるんじゃないかと。
危険な生き物に近付いてはイケマセン。




