乙女、地獄の三丁目
歩道橋の天辺から足を滑らせたところまでは、なんとか覚えがある。
ふと気がついたら真っ暗な空間にポツンと独りでへたり込んでるっていう、この状況はなんだろう。
「まさか・・・まさか私・・・私、死んじゃったのーーーーー!?」
叫んでから慌てて自分の身体を確認。
真っ暗だから当然何も見えないし、自分の手足の在処さえおぼつかない。
とにかく身体中をペタペタと触りまくって異常がないか確認を繰り返す。
「怪我っ・・・、どこかに怪我とか・・・無い。どこも痛くないし、普通に動かせる・・・」
ほっとしたのも束の間、それが却っておかしい事に気付く。
あの高さから落ちて無傷で済むはずがない。
タンコブの一つや二つどころか、頭がパックリ割れていたって不思議じゃないのに。
「嘘・・・なんで無傷なの、私・・・」
背筋がヒヤリとした。
これは本格的に逝ったかもしれない。
実感なんてこれっぽちもないけど、あの状況じゃ・・・・・・。
「うわあああぁん!!あんまりだ━━━━━━っ!!」
なにもかもが、これからだったのに。
バイト三昧で彼氏も作らず、本来一番楽しいはずの高校三年間を受験のために費やして。
将来のために少しでもいい大学に進もうとガリ勉して、ようやく念願叶ったところだったのに!
「私の・・・私の平凡人生を返せ、ド畜生おおおぉーーーーーー!!!」
あのバカップル!末代まで祟る!
「ヒドイよ、酷すぎるよ・・・!」
本当は進みたかった進路を諦めてまで、堅実な未来のために日々努力を費やしてきたのに。
何もかもが台無しだ。
死因になったバカップルを呪うぐらいじゃあ、私のこの煮えたぎる怒りは収まらない。
「おかーさん・・・、親不孝な娘でごめんなさい・・・」
前の夫には行方を眩まされ、一人娘には先立たれ。
・・・ああでも、お義父さんがいて良かった。
少なくとも母は独りぼっちにはならずに済む。
私は声を上げて思い切り泣いた。
喉が嗄れるまで、いつまでもいつまでも。
「・・・目が痛い・・・」
そうして、どのくらいの時間が経ったのか。
ふと我に返って徐々に冷静さが戻ってくると、今度は些細な事が気になり始める。
わんわんと大きな声で泣いてる時は気持ちに余裕が無くて全く気付かなかったけど、この暗闇の空間はまるで洞窟の中みたいに音が反響する。
ペタリと座り込んでいる床面も、まるきり剥き出しの岩の感触でゴツゴツしてて肌に優しくない。
暗闇に対する恐怖心はどうしても拭えないけど、ここはひとつ勇気を出して少しずつ手足を伸ばして周囲の様子を探ってみる。
━━━━━すると。冷たくて硬い、何かが手に触れた。
思わず手を引っ込めたけど、ジャラリと音を立てた“それ”は金属製で、自分の思い違いじゃなければ鎖のように思えた。
「“暗闇、洞窟、鎖”・・・まさかのダンジョン・・・?もしかしてそこらに罠とかもあったりするのかな・・・」
ややオタク寄りの思考の私がRPGゲームを連想したのは、現実逃避以外の何物でも無い。
そしてやがて未知の緊張感で磨り減った神経が悲鳴を上げそうになった、その時。
真っ暗闇だった空間に天井から淡い光が降り注ぎ、ぼんやりと周囲の様子を浮かび上がらせた。
それは、見紛うかたなき“洞窟”だった。
しかも家一件がまるごと収まりそうな大きさの。
ただ残念な事に、出入口らしきものがどこにも見当たらない。
天井に裂け目があったところで、あんな場所から出入りするのは不可能だろう。
「━━━死ぬまでここに居ろって事?・・・って、私もう死んでんじゃない!!」
とにかく!生きてるにしろ死んでるにしろ、ずっとこんな牢獄みたいな場所に繋がれるのは御免蒙りたい。
どうにかして外に出なきゃ、絶対頭が変になる。
~~~~~っ、どうすりゃいいのよ・・・!
「おい、娘」
頭を掻き毟りながら身悶えるという、生前にはついぞした事が無い大袈裟なリアクションを取ってしまうほど、私の精神状態はギリギリだ。
「おい・・・小娘」
━━━ほら、つい空耳が聴こえちゃうぐらいヤバいから!
「・・・耳が悪いのか。人の話を聞けっつーんだ・・・そこのチビッ子!」
「ダレがチビッ子じゃあ!!」
・・・思わず空耳に返事を返してしまった。
「よーしよし、聞こえてんじゃねえか。そんじゃあこっち向いて見ろ。・・・いや、そっちじゃねえ、こっちだ」
なんと・・・。恐怖のあまり錯乱してしまったのか、会話が成立している。
しかも思考能力が削ぎ落ちたあまり、つい空耳の言葉に従ってしまう。
私は薄明かりを頼りにキョロキョロと辺りを見回して、さっき触れたと思われる鎖に目を留めた。
それをゆっくりと視線でたどり、行き着いた先に見たものは。
「ぎぃやああああああーーーーーーー!!死体!死体ィイイイィーーーーー!?!?」
洞窟内の壁に鎖で磔にされた男性の死体、だった。
「・・・・・・死んどらんわ」