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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女にナマモノはNG

天狼は母子の絆がとても強い生き物だとは聞いていたけど、まさかそれが自分にも適用されるとは思ってもみなかった。


やっとの事で取り戻した我が子に対して、母親おかあさんが過保護になるのはわかる。

でも、なんで私までチビちゃんと同じ扱い???


お母さんは私やチビちゃんがちょっとでも傍を離れると、すぐに連れ戻しにやって来て、隙あらば毛皮の中に囲い込もうとする。

あったかいしモフれて嬉しいからいいんだけど、お口パックンで運ばれるとか完全にヒナ扱いだ。


『ねぇね なでて はねじゅ なでなでー』


「はぁい、喜んでー」


チビちゃんの方は急に自分の住処すみかに転がり込んで来た私を、どうやら遊び相手として認識したらしく、しきりとスキンシップをせがんでくる。

これがまた可愛いのなんのって・・・くぅっ。


・・・・・つまり、えーと。

お母さんの毛皮のお陰で今すぐ凍え死にする心配はしなくても良さそうだ、という事。

━━━冬だったら完全にアウトだった。


なにせ晩春の今でさえ巣穴の周りは雪で覆われていて、吐く息が白く凍るような環境だから。

薄い春物の衣服一枚の紙装備じゃあ、とてもじゃないけど持ちやしなかっただろう。


もちろんこの状況だって、ギリギリ生きてるというだけで楽観なんてもってのほかなんだけど、最初のうちはまだ命の危機だとかって実感は薄かった。

だけど“現実”は別の方向から私に突き付けられた。




次の日、夜が明けると同時に外へ飛んで行ったお母さんは、小一時間程ですぐに住処に戻って来た。


そしてまだ生き血が滴る新鮮な獲物(鹿だと思う)を私とチビちゃんの目の前にドサリと置いて、一言。


『 たべる 』


ぎゃあああ!無理無理無理ーーーーーっ!!!


チビちゃんはちっちゃくても流石に野生の獣。

果敢に食事にトライしてたけど、人間の私に生肉丸かじりはハードルが高すぎる。

さっきまで生きて野山を駆け回っていた、まだ体温の残る生き物のむくろ

これに噛りつけと言われても・・・っ。


食事を目の前にして固まったまま動かない私を心配したお母さんは、なんと親切にもお肉を噛み砕いて提供してくれる過保護ぶり。


「い・・・至れり尽くせり・・・」


お母さんの親心が解るだけに物凄い罪悪感が生まれたけど、これだけはどうしても言わなきゃならない。


「・・・ご・・・ごめんなさい、お母さん。私・・・人間だから生のお肉は食べられないの。お腹壊しちゃうから・・・」


私は泣きながら謝った。

するとお母さんは可愛く首を傾げてから再び外に飛んで行き、今度は草の実らしき物をつるごと咥えて戻って来てくれた。

い、いいひと(?)だーーー!!


「ありがとう・・・お母さん」


恐る恐る口に運んだ赤い果実は、ほのかに甘酸っぱいベリーの味がした。


そしてそれからも毎日、お母さんは私の為に食べられる草の実を探して来てくれた。

でも本来肉食のお母さんには食べられる植物がイマイチよく分からないみたいで、たまにビックリするような味の物が混じってたりするけど、身体に害のある物は予め避けられているみたいで、お腹を壊すような事もなかった。



だけど、そんな生活くらしにも徐々に限界が近付いて来ていた。


二、三日前から身体が怠くて思うように動き回れなくなり、一日中うつらうつらと半覚醒で横たわるだけの状態が続いている。


人間が生きるには過酷な環境で、まともに栄養を摂れずにいたら弱る一方なのはわかりきってた事だ。

それでも一週間。よく体力が保った方だろう。

高山病が悪化してポックリ逝くのが先だったかもしれないんだから。


「・・・私、また死んじゃうのかな」


でも不思議な事に、ここから“逃げたい”と思った事は一度も無かった。

確かに人間には厳しい環境だったけど、お母さんに護られるここでの暮らしはとても居心地が良かったから。

でもね・・・・・・・・。


適応するのはちょっと難しかったみたい。


弱いこどもでごめんなさい。お母さん。


ボンヤリとモヤがかかってきた意識の外側で、お母さんとチビちゃんが必死に何か訴えてるのを感じたけど、もう聞き取れない。


お願い・・・そんなに泣かないで。



━━━━そして私は、また闇に閉ざされた。



































































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