乙女とぶらり旅
大暴走が終息してからの冬は、ゆるゆると穏やかに過ぎてゆく。
新たな拠点を開拓したグウィネスさんは、あちこち飛び回る機会が増えて頻繁に家を空けるようになり、その分魔道具作りのお手伝いに充てていた時間が浮いた私は、シグと二人で気の向くまま“ぶらり旅”を開始した。
視認できる範囲でのごく短い転移を繰り返し、毎回異なる地点に跳んでご当地B級グルメを楽しんだり、珍しい食材を仕入れたりして、帰りは一瞬で帰宅するという超反則技の日帰り旅。
旅の風情も何もあったもんじゃないけど、安全快適な自宅にいつでも自由に戻れるのに、わざわざお金を払ってまで不便な宿に泊る理由はどこにも無い。
だって、一般庶民が泊まるような宿は風呂無しトイレ共同が当たり前で、寝床だって硬くて寝心地がいまいち。
しかも壁が薄いから大きな音は隣の部屋に筒抜けで、プライバシーもへったくれも無いのだ。
「━━それじゃ、今日も行きますか」
新しい年を迎えた、一月半ばの冬の朝。
いつもよりやや遅めの朝食を摂った後、動きやすい服に着替えて上着を羽織っただけの簡単な身支度をして、居間の真ん中にシグと二人で並ぶ。
目の前の何も無い空間に手を伸ばし、引き戸を開ける感覚で軽くスライドさせると、ちょうど扉一枚分の空間が捲れて、そこに全く別の景色が現れた。
「何べん見てもシュールな光景だぜ・・」
魔力操作が上達する前は、具体的に『扉』をイメージして現象を固定しないと、空間に生じる歪みの範囲がどうしても広くなりがちだったけど、そこはとにかく繰り返し練習して、現在ではどんな小さな穴でも自在に開けられるようになった。
なんならリアル“四○元ポケット”も可能だ。
収納先は四次元じゃなくて、自分の領域限定だけど。
なのでこの日帰り旅では、買い物をして荷物が増えるたび自宅に転送し、常に身軽な状態で街歩きを楽しんでいる。
だけど旅行者が手ぶらなのもこす妙だから、カムフラージュ用の空の鞄は常に持ち歩くようにしている。
「さぁ、行くよー」
気負いも何もなく空間の境目を一跨ぎすれば、そこは既に異国の地、昨日の最終到達地点。
一切寄り道をせず、秒で移動を繰り返せばあっという間に距離をかせげるけど、今回の旅は“その寄り道”こそが目的だから、先を急ぐつもりもない。
昨日は無計画にあちこち跳び過ぎて、この町にたどり着いた時にはもう日が暮れてて。
あれこれ見て回る余裕もなかったから、町中探検は翌日にお預けになってたのだ。
「待てコラ、ネージュ!勝手に一人でウロつくな!」
「わーい、リアルファンタジーーー!!」
「子供か・・!」
今回私達がたどり着いたのは西方七大国の内の一つ、“アドミラル王国”の地方都市。
あちこち町歩きをしながら掻き集めた情報によれば、この国の王族は代々奔放で細かい事に拘らない性分で、長年他種族との婚姻政策を繰り返していたら、いつしか一般国民の間でも異種族婚が進み、国土に多種多様な種族が根付くようになったのだとか。
「私は今、猛烈に感動している!!・・・ケモミミ様がそこら中に・・・!楽園はここにあった!!」
「言うと思ったぜ・・」
なにせ通りを往く人達のほぼ半数が、身体のどこかしらに獣相を残していたり、明らかに純人とは異なる特徴を備えていたりするのだ。
まるでRPGの世界に紛れ込んだような気分で、めっちゃテンション上がる━━━!!
一番多いのは耳や角に種族が現れているタイプだけど、中には肌にウロコがあったり、体毛が
濃かったりと特徴は様々で、獣人以外にも背丈の低いハーフリングっぽい種族もいる。
これだけ雑多な種族が入り混じって暮らしている土地は、今まで見た事がなかったから感動もひとしおだ。
「はああぁ〜・・」
「頼むから誰彼構わず捕まえてモフったりすんじゃねーぞ」
「失礼ねっ、ちゃんと許可を取ってからにするわよ!」
「あのなぁ、見ず知らずの相手に『カラダを撫で回させろ』と頼まれて『是』と言う奴がいると思ってんのかよ」
「それもそっかー」
ちょっとだけ気分が萎れかけたけど、仮に自分がそう言われたら間違いなく全力で拒否るし。正論よね。
嫌がる相手にお触りを強要するのは犯罪だ。
〜〜〜我慢、我慢。
「・・あれ?でも獣化するなら全身変わるのが普通なんじゃないの?」
前にそう聞いたような気がするけど?
「完全獣化が不可能なぐらい血が薄まって、転変能力が上手く制御できねぇんだろ。元々異種族同士は子が生まれ難いんだが、母親が純人の場合は出産率が同族婚とそう変わらねえ。ただ、生まれて来る子供はどうしても血が薄まって純人寄りになんだよ」
「ふーん・・?」
その辺の事情はきっと繊細な話題なんだろう。
元の世界でも人種差別は大きな社会問題だった。
向こうより遥かに多くの種族が棲むこちらの世界では、種の隔たりが大きく根深いものであるだろう事は予想に難くない。
━━━それでも。
この町の雰囲気自体はけして悪いものじゃない。
通りには元気いっぱいに走り回る子供の姿があって、行き交う人達の表情はとても明るい。
「良い町ね」
「ああ。取り敢えず市場でも覗いてみるか。いつもの食い倒れコースになるだろが」
「アハハ!」
この日の町歩きは久々に財布の紐が緩み、つい予定よりも大幅な出費となったのは言うまでもない。