乙女が知らないその後の会話
連日大暴走の後始末に奔走し、ようやく終わりが見えてきた六日目の夜、歌うカワセミ亭の俺の部屋にガラハドの奴がひょっこり顔を出した。
「何の用だ」
「“何の用”たぁご挨拶だな、オイ。たまに二人で呑もうかと、酒持って来てやったんだが?」
「・・・入れ」
上物の蒸留酒の瓶を目の前でチラつかされ、つい流れで室内に招き入れたが、早まった。
奴は部屋に入るなり「旨そうな匂いがする」と、鼻をひくつかせ、寝台脇の卓に置かれていた籐籠に目を向けやがった。
『しくった』と思ったが、時既に遅し━━━。
「おぉ、なんだこりゃ!さては女からの差し入れか!・・・見た事ねえ料理ばっかだが、どれも旨そうじゃねえか!」
「テメェ・・勝手に開けてんじゃねぇ、この野郎!」
「ケチケチすんな。女からの差し入れなんざ、お前にゃ珍しくもねえだろが」
「それは別だっつの!」
ここ最近俺が部屋を空けている時に、ネージュが例の異能で出入りして、差し入れだけ置いて帰る事が多かった。
あいつの異能も差し入れの中身も、自分にとっちゃもうすっかり当たり前のもんになっちまってて、『隠す』必要性がある物だという認識が薄れてたのは大失敗だ。
「うん、旨い!旨いが・・・なんだこの料理、食った事のねえ味付けだな。しかも冬のこの時期に青物ぉ・・・!?」
こんにゃろー、勝手に中身をつまみ食いし始めやがった!
「おいシグルーン・・、この飯はいったいどういうこった。材料もそうだが、味付けにピリカの実を使うなんざ、この辺りの風習じゃねえ。つーか、この差し入れを持ってきたのはどこのどいつだ!?」
「・・・食ったな」
「あぁ?」
「教えてもいいがお前━━━口は噤めよ。余計な事をそこらで吹聴すると、どうなっても知らんぞ」
「ハハハ、なんだそりゃあ。新手の冗談か?」
「・・こいつを持ってきたのは、例の娘だ」
「例のってぇと・・━━天狼にカッ拐われたお前の“妹”か!っと、もしかしてこれは深入りしねぇのが利口な話か?」
「もう遅い。中途半端に首突っ込んだ外野ほど厄介なもんはねえ。最後まで聞いて後は黙っとけ!そもそもテメェはあいつの事を探りに来たんじゃねえのか?」
「う・・・お見通しかよ。だが、あんな場面を目撃して気にならん方がどうかしてるだろう。怒り狂った天狼を鎮められる人間が、この世に存在したんだぞ!?気にもなるわ!!」
こいつ、やっぱり粗方状況を把握してやがった。
「━━━というか、待てよ。あの嬢ちゃんどこに住んでるんだ?確か人に預けてるとかいう話だったよな?この町までどうやって差し入れしに来てるんだ・・・」
大暴走の影響あるなしにかかわらず、《獣の領土》に近い麓の町や村では、冬場に町の外を子供一人で歩かせたりはしない。
「移動に関する手立ては秘中の秘でな。口外する訳にゃいかねーんだが、一つ教えとく。あいつは魔女の弟子だ。それなりに手段がある」
「━━━『魔女』ぉ?その呼称にはろくな記憶がねえぞ。女魔法使いを蔑視するつもりはねえが、過去に出会った奴の印象が最悪だ。だがそれは別として、近隣に女の魔法使いがいるとは聞いた事がねぇ。・・・確かなのか?」
「確かも何も、相手はお前がよーーく知ってる奴だ」
「・・・なんだと・・・?」
「“殲滅”だ」
「━━━━━!!!!っんなっっっ!?!?!?」
その通り名を耳にした途端、ガラハドの顔が真っ青になった
こいつは傭兵時代、俺やグウィンと何度も同じ“現場”で仕事をした事がある。
あの女の通り名の意味を、良くも悪くも熟知している。
細かい事には拘らないと言えば聞こえは良いが、極端な面倒臭がりで何もかもどうでもよくなるとすぐに術をぶっ放して、しょっちゅう戦場を更地に変えるような物騒な女、━━━それが“殲滅”と。
「うっ・・・そだろ、まだ生きてやがったのか、あの魔女!・・・アレの弟子・・・。つまり嬢ちゃんは、“殲滅”の庇護下にあるのか━━━」
「おう。で、更に要注意がこの間の天狼。あれは娘を自分の“雛”として囲ってる」
「意味がわからん!!」
「わからんでもいい。━━━ただ、余計な詮索はてめぇの命を縮める事に繋がるとだけ覚えとけ」
「ヨシ、もう忘れた!」
「・・・オメーは長生きしそうだな」
さすが傭兵稼業で何度も死線を潜り抜けてきた漢、割り切りが早い。
命の危機を“秒”で見切る才能は健在か。
この会話をした直後、こっちが切り出した契約終了の話に一も二もなく頷いた漢の顔に、『これで厄介払いができる』とわかりやすく書いてあったのは言うまでもない。