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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
145/156

乙女の初めて

間もなく正午ひるになろうかという時刻。

町の中心から最も離れた位置に建つ、山際の見張り塔の鐘が狂ったように打ち鳴らされ、悪夢の到来を報せた。




「・・・早速どっかの馬鹿がやらかしやがった」


予想よりかなり展開が早い。

朝あれだけ念を押したにもかかわらず、山に登ったノータリンがいたらしい。


『押すな押すな』と言われるとかえって押したくなるのが人間(ネージュ談)だそうだから、いずれはこうなると思っちゃいたが、それにしたって早過ぎだ。


ついさっき実際に大暴走スタンピードが起きた場合の対処について話し合ったばかりだが、実のところ人間こちらが打てる手なぞたかが知れている。

どんなに腕の良い狩人でも、数の暴力には敵わないという事だ。


ただ自分は、仮のとはいえ自らの住処すみかを、みすみす獣の蹄に踏み荒らさせる気はない。





「手筈通り全員で住民の避難誘導にあたるぞ!必ず数人で組んで単独行動は絶対に避けろ!町中で危険な個体を発見した場合は、呼子で連携を取れ!」


鐘の音を聴いて再度ギルドに集まった狩人達が、厳しい面持ちをしたガラハドの指示に一斉に頷いて、それぞれ持ち場へと駆け出してゆく。


「お前ぇはどう動く、シグルーン」


「俺か?そうだな、町の手前で捕食系の奴をできるだけ間引いてやる。飛剣を連発すっから、他の人間を近付けんなよ」


「抜身の得物を構えてるオメーになんか、誰も近付きゃしねえわ」


そりゃまそーか。『自分、首は要りません!』つってるようなもんだしな。

わりと使い勝手の良い技なんだが、寸止めがきかねえのが難点だ。



町中に向かった連中とは逆に、町外れを目指してしばらく走ると、雪煙を蹴立てた獣の群れがもう目の前に迫っていた。







グウィネスさんの“幻視”に同調して、お母さんの後を追う事しばらく。


ネイチャー特番さながらの光景に思わず魅入っていた私が、ふと我に返って町の方角に視線を向けると、無秩序に暴走している群れの一部が枝分かれして、真っ直ぐにエルモの町に突き進んでいるのが目に映った。


「あれ、ヤバくないですか?」


「うーん・・規模としてはごく一部だし、大半が草食系のヤツだからまだ難は軽いと思うけど。無傷じゃ済まないだろうねぇ」


「・・ですよね」


聞くところによると“獣の領土”の麓にある町や村には、必ずと言って良いほど家の中に地下蔵があるらしい。

それは食糧を保存する目的以外にも、いざという時人間がそこにこもって難をやり過ごすための、地下壕としての用途も兼ねて造られているのだとか。


「今頃町の人間は、泡を食って自宅に駆け込んでるんじゃないかね。“はぐれ”が町に降りて来るのはよくある事だけど、大暴走スタンピードとなると一生に一度経験するかどうかって災難だし」


そうこう言ってる間に、獣の群れはどんどん町の方に近付いて行く。

町を囲う壁があればまだしも、ただの鄙びた田舎町にそんなものがあるはずもない。


そしてついに最初の一頭が町に到達すると、後は無し崩しに大群がなだれ込み、現場はたちまち阿鼻叫喚の巷と化した。


「・・・っ、」



驚愕と恐怖が入り混じった表情で、必死に逃げ惑う人々。

逃げ遅れた住民を庇いながら、活路を拓こうと懸命に獣を牽制する狩人達。


これって本当に現実リアルの光景なの━━━━。


創作つくりものの影像に慣れてる日本人の私には、この惨状もどこか現実味が薄い。

どこかに撮影スタッフがいるんじゃないかとか、誰かがCG加工した動画なんじゃないのとか、そんな事を考えてしまう。


━━━━だけど。


音こそ聴こえないものの、鬼気迫る現場の空気がこちら側にも次第に伝わってきて、これが紛れもない事実だと悟るしかなくなった。



「・・・シグ・・・、シグは、どこ・・・?」



これが現実なら、この状況の真っ只中に身を投じているはずの私の“家族”は━━━━。 


視点を変えて辺りをぐるりと見回すと、町の入口付近に不自然に開けた空間がある。


「・・あそこだけ獣が避けて通ってる?」


不思議に思って“眼”を凝らすと、ドーナツ状にぽっかりと開いた空間の中心に人影が見える。


「もっと、もっと近く。視点を寄せて拡大━━・・・あ、見え・・・・・シグ・・・?」


次の瞬間、安否を気遣った自分が思わず馬鹿馬鹿しくなった。





なんだあれ━━━━。


考えてみれば私、シグが実戦で剣を振るう姿を見るのはこれが初めてだけど。


━━━でも、なんかおかしくない?

なんで雪の上でワイヤーアクション並みの動きができんの?

そしてなんで切っ先が触れてもいないのに、獣が次々吹っ飛んでんの。

それ人間業じゃないから!!


気功?それともまさか、ナントカ色の覇気!?

・・・なんでもいいけどさ。



あんた、なんでそんなに活き活きとした表情で戦ってんの。


「心配して損した!」


「おや、奴の心配をしてやったのかい?可愛いとこがあるじゃないか、ハネズ。大丈夫さ、あいつはいざとなったら尻尾巻いて逃げるのも得意な男だからね」


「・・それ聞いて安心しました」



グウィネスさんとの会話でほっと気を緩めた、その時。


幻視の影像に異変が現れた。



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