死を告げる者、その名は乙女
たかが子供一人相手に『商品』を力ずくで取り戻す事なんか雑作もないと考えていたであろう男達は、いきなり現れた保護者の登場に心なしか怯んで見えた。
シグが特に相手を威嚇している訳でも無いのに、男達はたたらを踏んで後退し、お互いの顔を見合わせてこちらの出方を窺っている。
「俺がちっとばかし余所見してる隙に勝手に飛び出しやがって、お前ぇは何のつもりだ?あぁん!?迷子にでもなりてーのか?」
「イダダダダ!ごめんなさいシグ!縮む、背が縮むからヤメテ~~~!」
力任せに頭を片手でギリギリと鷲掴みにされ、私はあっさり降参した。
「いったい往来で何をやらかした・・・・・ん・・・?」
至近距離から目を覗き込まれたタイミングで、懐からにゅっと顔を出した白いもふもふを見てシグの眉が跳ね上げる。
「なんだこりゃ・・・、天狼の雛か?」
どうやらこの小さなもふもふは『天狼』という種族らしい。
「━━━そいつは、俺達の所から逃げ出した商品だ!」
追っ手の一人が声を上げる。
「そこの嬢ちゃんが捕まえてくれたんだが、えらく気に入ったらしくてなかなか返しちゃくれねえんで困ってんだよ」
そしてもう一人、別の男が意味ありげにニヤリと笑みを浮かべた。
私達が『客』になる可能性も勘定に入れたのかもしれない。
シグも私の表情を見て大体の事情を察したようで、苦り切った様子で、はあぁ、と溜め息をおとした。
「ネージュ、そいつは返すんだ」
「・・・シグ」
「安い同情で他人の商売に口を出してんじゃねえよ。野生の獣の売買はそれなりに体を張った仕事だ。場合によっちゃ命懸けの時もある。━━━━特に、天狼は厄介だ」
「野生の・・・獣・・・」
私の胸元でスピスピ甘えるような鼻声を上げる白いもふもふ。
━━━人の手で繁殖された仔じゃなかったの?
だって、人間の言葉も通じてるみたいなのに。
「よくお分かりで、旦那。その雛一頭を手に入れるためにどれだけの手間を掛けた事か」
買う気がないならさっさとこっちに返せと言わんばかりの視線を向けられて、私は反射的に小さな体を抱く手にきゅっと力をこめた。
「・・・ネージュ。天狼は母子の絆が深い生き物でな。仔を奪われた親はそれこそ死に物狂いで仔を探す。ただでさえ獰猛な獣が箍が外れたように凶暴化して手がつけられなくなるんだ。雛を抱え込んだ盗人は親の襲撃に備えて常に周囲を警戒しなきゃあならん。ご苦労なこった」
そう言うシグの声にはかなり皮肉げな響きが含まれている。
「あぁその通りさ。怪我人出してまで捕らえた大事な商品だ、逃がしちゃあもともこもねえ。だがなぁ、口輪を嵌めて大人しくさせられんのなら後は殺すしかねえ。雛に親を呼ばせる訳にゃいかねえんだよ!」
そうなりゃうちは大損だ、あんた達にその責任が取れるのか、と男達は叫ぶ。
「なにそれ・・・」
唖然とした。
空を飛んで逃げないようにと、無惨にも切り取られた風切り羽。
きっと自由に飛び回る姿が一番綺麗な生き物に違いないのに。
「・・・人間の勝手で親から引き離しておいて、都合が悪くなったら死ねってどういう事!?」
『きゅん・・?』
「ネージュ、よせ」
「わかってるよ!!通りすがりの余所者が口出ししていい話じゃないって言うんでしょ!」
別にいきなり動物愛護の精神に目覚めたとか言うつもりも無いし、命の売り買い自体を禁忌にしてたら生活が成り立たない人達がいるって事も、なんとなくだけど理解出来る。
盗人が天狼の親になぶり殺しにされるのは自業自得だとしても、その他大勢が巻き添えを食らうのは筋違いだって事も。
だから・・・、穏便に事を済まそうと思ったら、この仔を返すのが一番『正しい』選択だって、頭ではちゃんと答えが出てる。
でもきっとこの人達はたとえこの仔を殺す事になったとしても、自分達の損害さえ埋める事が出来れば毛ほども心は痛まないんだろう。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
こんなのとは絶対に同じ人間に成り下がりたくない━━━。
私にだってどうしても譲れない一線はある。
『きゅうん・・・きゅ!』
「チビちゃん?・・・そっか」
なんだ・・・もう遅かったんだ。━━━ううん、なんとか間に合った、って言うべきなのかな。
「おいネージュ、いい加減にしとけ。あんまり俺を困らせてくれるなよ。郷に入らば郷に従え、と言うだろが」
「うん・・・そうだね」
「お?なんだ、突っかかって来たわりにやけに素直・・・」
「━━━━私が、この世の人間なら、そうするべきなんだと思うよ」
「あ?」
「でも私は、この世の人間じゃないから、従えない。ごめんねシグ」
「・・・お前、何を言ってんだ?」
「ワケわからんぞ」とでも言いたげな顔だねシグルーン。
後でちゃんと説明出来る機会があればいいけど、ちょっとわかんないかな。
全てが終わった、その後で━━━━━私が生きてたら。
『きゅうん!』
腕の中の雛がピクリと身動ぎ、嬉しそうに一声鳴いた。
背中の羽や尻尾がパサパサと揺れ動いて、甘えた鼻声が辺りに響く。
急に様子が変わった雛を見て、追っ手の男達は訝しげに眉をしかめてるけど、もう遅いって。
そして私は、彼等に絶望を告げる。
「・・・チビちゃん、お母さんが迎えに来たよ」
「「「何だと!?」」」
驚愕の叫びは何重にも重なり、周囲を恐怖のどん底に叩き落とした。