乙女の頼もしき先達
「とにかくこの男は野放しにしとくと際限なく図に乗るから、たまに灸を据えて躾け直せる人間が傍にいた方が良いと思うんだよ」
「お願いですから、そこに私を当て嵌めるのは止めて下さい!心からお願いします」
シグの短絡的な『俺の嫁』発言が何故か尾を引いて、食事が終わった後もグウィネスさんは私にその話題を振ってくる。
「それに、『躾け』に関しては絶対ウィネスさんの方が適任ですよ」
拳で語り合えるオトモダチ同士ですよね?と副音声で匂わせれば、当人はそれを
「面倒臭いから嫌だ」の一言で却下。
「ぐぬぬっ・・・、その面倒を弟子に押し付けないで下さい!」
「悪い提案じゃないと思うんだけどねぇ?夫婦生活の実態が伴うかは別として、名目上“伴侶”なら、これから先二人だけで暮らす事になったとしても、おかしくはないだろう?」
「━━━・・」
グウィネスさんのその台詞が私の頭に染み込むまでには、少しばかり時間が掛かった。
「えっ、ウィネスさん、何処かに長期お出掛けの予定なんですか・・・?それともまさか、どこか具合でも悪・・・・・、もしかして・・・・・もしかして死んじゃうんですか━━━!?あ痛っ!!」
「勝手に師匠を殺すんじゃないよ!おバカ弟子!」
ズビシッ!と額にデコピンが打ち込まれた。
「そういうんじゃなくてねぇ・・・」
グウィネスさんの説明によれば、彼女は元々各地に複数ある拠点を、数年おきにあちこち転々とするような暮らし方をしているのだという。
なにしろ転移の魔法陣さえ設置してしまえば、後は一瞬で自由に往き来できるのだから、不可能な生活スタイルでもない。
魔術師はというか、グウィネスさんは探究心の塊みたいな人だから、気になる事があるととことん追究せずにはいられなくて、例え止めたところでどこまでも飛んで行ってしまうに違いない。
そしてどうやらその癖に、私の異能が拍車をかける形になってしまっているもよう。
以前に何度か短距離転移の特訓を行った際、人目につかない場所に適当にばら撒いてこいと、何やら術式を刻んだキューブを山ほど持たされた事がある。
説明もろくにされないまま、私があっちこっちにばら撒いて来たそれは、転移の出口専用の術式を刻んだ代物で、グウィネスさんが拠点を新規開拓するための布石となる小道具だったらしい。
転移の術式は未知の地点に繋ぐ作業が最も難しいけれど、“目印”があればかなり難易度が下がるのさ━━━、と笑いながら話すグウィネスさんは実に楽しそう。
『展開した術式に反応を示す場所を目掛けて『跳ぶ』のは、手探りで暗がりを歩くよりずっと楽』だ、そうだ。
━━━つまりこの先、グウィネスさんは新天地開拓であちこち飛び回る機会が増えて、家を長く空ける可能性がでた、という事。
「自分で言うのもなんだけど、あたしは殆ど出たとこ勝負で好き勝手に行動してるからさ。ふらっと出てって何時戻るかもわからないようだと、あんたは困るだろう?」
「・・・」
「いざという時、あんたが頼れる相手がいれば良いと思ったんだよ。・・あたしとしちゃあ、ハネズがごく普通の相手と所帯を持つのを見届けたいところなんだけど、自分がそれまで大人しくしてられるか自信がなくてねぇ」
なんだかグウィネスさんらしい、納得の理由だった。
私自身まだこっちの世界に慣れるのに精一杯で、“旦那様”探しに本腰を入れるまではいっていない。
彼女は一旦懐に迎え入れた人間を、自分の都合で放置するのは忍びないと考えたのだろう。
━━━優しいひとだ。
「大丈夫ですよ、グウィネスさん」
私は自分の気持ちがちゃんと伝わるように、笑顔で告げる。
「グウィネスさんは自由で良いんです。いつ何処に行っても、何をしてても。━━グウィネスさんなら無事だと思えるので。私の事なら心配しないで下さい。私に留守を任せてもらえるなら、お師匠様がいつ帰っても大丈夫なように、この家を整えておきますから」
「ハネズ・・・」
その後、グウィネスさんは何かを考え込むかのようにしばらくの間黙り込み、ややあって次に口にしたのは「頼むよ」のただ一言。
そしてその面はどこか晴々としていて、何か吹っ切れたような表情が浮かんでいる。
この時私は、この人はいつか、誰にも何も言わずふらりと姿を消すのかもしれないと思った。
だけどその事に不安は微塵も感じない。
この人なら帰りたいと思えば、何を蹴散らしてでも帰って来るだろうから。
ひとつ不安に思う事があるとすれば、目の前のソファーでヘソ天晒して寝コケている“保護者そのニ”に対してか。
満腹になった途端これよ。