たまには働く乙女の保護者、そのいち
エルモの町に獣の襲撃を報せる半鐘が鳴り響いたのは、夜明け前のある冬の朝。
半鐘の音に気付いた町の住民達の行動は素早かった。
荒事に慣れた男達が得物を手に表へ飛び出すと、残された女子供や戦えぬ者はすかさず窓の鎧戸を閉め、扉に閂をかけて家にこもった。
「火を焚け!この暗がりは人間に不利だ!」
「先走るな!守りを固めろ!これ以上町の奥へ獣を入れるな!」
夜明け前の一際濃い闇の中に怒号が飛び交う。
半鐘の打ち方には予め決められた種類があり、鳴らす音の回数や抑揚の付け方で、現場の方角や緊急性の高さを表すようになっている。
今回の音はその中でも最も緊急度が高い場合のそれだった。
「東南の番小屋か!近くの鶏舎を狙いやがったなっ」
「『単体』じゃねえ、『群れ』の打ち方だ!・・・山犬か、それとも・・・」
「組長!指示を!」
「まあ待て」
これが野盗の襲撃なら兵士の出番だが、相手が獣の場合は当然狩人組合の長が仕切る形になる。
こうした有事の際に素早く対応できるようにと、町の山側に建てられた狩人組合の前庭は、半鐘の音を聞いて駆け付けた狩人達でごった返していた。
「夜目の利く奴を見張りに立て、各々持ち場で迎え撃て!深追いはするな!その場で夜明けまでしのぎ切れ!」
「はぁ!?、手っ取り早く打って出ればいいじゃねえッスか!」
「ド阿呆!!自ら獣の餌になりに行ってどうする」
一喝された若手狩人は自分の腕っぷしに自信があるのか、尚も不服そうに口許を歪めている。
あーあー、どこにでもいるんだな、こういう自信過剰な血の気の多いのが。と、老境に差し掛かったガラハドは胸中でボヤいた。
「今回の襲撃はサビイロオオカミだ。奴らは凶暴な上に知恵が回る。群れで連携しやがるから、暗がりで味方同士バラけたら最期、殺られんのはこっちだ」
サビイロか、と集まった狩人達の間にざわめきが広がった。
狼は時折単体で山から降りて来る大型の獣より、よほど厄介でやり難い相手だ。
害獣の駆除や討伐を請け負う狩人の基本的な戦闘スタイルは、罠や仕掛けで標的をおびき寄せてから、飛び道具を用いた間接的な攻撃で弱らせて仕留める手法が殆どで、初手から槍や刀剣で直接的に対処する事はあまりない。
野生の獣の猛攻を全部いちいちまともに受け止めていたら、人間側の体力が持たないからだ。
「だがもう手は打ってある」
ニヤリ、と笑うガラハド。
どういう事だとお互い顔を見合わせた狩人達は、ふとこの場にあの目立つ顔が見当たらない事に気が付いた。
ガラハドと旧知の仲だとかで、破格の待遇でギルドに引き入れられたあの優男の姿が、どこにもない。
「ハァ!?あんな奴一人に何ができんだよ!!」
特別待遇されるだけあって腕は確かなようだが、同じ年代に見える若手からすれば、面白いわけもない。
ちょっと腕が立つぐらいで、組合長の知り合いというだけで、依怙贔屓されている。
━━実のところ、そう思っている者も少くはなかった。
「アイツはいつも単独行動ばっかで!戦ってるところをまともに見た奴なんか一人もいねえじゃねえか!!絶対何か卑怯な手を使ってるに決まってる!」
そうだそうだ、と同じ若手の狩人の間から野次の合いの手が飛ぶ。
「でなきゃ!あんな上位種を毎回仕留めてこれるわけねえ━━━」
「卑怯ぉ?ハハハ!卑怯上等じゃねえか!お前らは獣相手に正々堂々やるつもりか?簡単に人間を食い殺せる畜生だぞ?生きるのに必死なのは獣も人間も変わらねえぞ。こちとら生き残る為にゃあ、罠に待ち伏せ飛び道具、なんだってやる。卑怯ってのはどっちかってえと人間の十八番だぜ」
組合長に軽くいなされた若手狩人は悔しそうに口を噤んだものの、それでもまだ納得していなそうな表情が見え隠れしている。
まあ気持ちはわからんでもないが・・と、こんな時にも拘らずガラハドは尻の青い駆け出しの後輩達を微笑ましく眺めた。
自分と幾つも年が違わなさそうな若造(大笑い)が、並みの狩人では手も足も出せないような大物をホイホイ仕留めてくるのだ。
焦りもするだろう、妬みもするだろう。
あれは格の違う生き物だと、口で言ったところでどうにもならないのは目に見えている。
だからこそ、今回は“良い機会”だと思う。
「あれが他人とつるまないのは、あいつの戦闘スタイルが特殊だからだ。━━━いいか、あの野郎が本気出して戦ってる時に傍に寄ると、巻き添え食って死ぬぞ」
「・・・なんだよそれっ、」
「一対多数の構図こそが、奴が本領発揮できる舞台だという事だ」