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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女の謎な心境

“別宅”の加工食品を好き勝手に持ち出すようになってからというもの、シグの麓の町での滞在期間がぐんと伸びた。

以前は週イチで帰宅していたのに、近頃では半月近く戻らない事もある。


でもまぁ普通に考えて冬の雪山を登り降りするのは物凄く大変だし、アレが家に居ても何もしないでゴロゴロしてるだけだから邪魔なんだけども。


いつもそこに居たものがいないと、妙に落ち着かない気分になるのは、なんでだろう。





━━━というわけで。


「差し入れよ!!」


「ぅおっ!?朝っぱらからイキナリなんだ!?・・・どういう風の吹きまわしだ!?」


ようやく日が昇り切ったあたりの、まだ早朝といって差し支えない時刻。

私は『歌うカワセミ亭』のシグの客室へやに乱入した。


万が一部屋でどこぞのグラマーとイタしてる最中だったりするとメチャメチャ気不味いから、突撃リポーターのノリで『扉』を開け放った。


・・・まぁ、結果として気の回し過ぎではあったんだけどね。


「心臓に悪ぃ出方してんじゃねーよ」


「あ、ごめん」


「ったくよー・・。オメーの能力空き巣し放題だな」


「いや、しないから」


くぁ、と大きな欠伸を一つしてから緩慢な仕草で起き上がったシグは、心なしかイソイソと寝台脇の小さなテーブルに移動した。


「今朝は何だ?」


私が手に持ったバスケットをチラチラと見て、しきりと中身を気にする様子は、まるきり食い意地の張った子供そのもの。


「パンを何種類かね。甘いのと甘くないのと。あと特製ブレンドコーヒー」


「やった!お前のパン食うと他のが食えなくなって困るんだよなー」


「向こうの食材使ってるからね。粉も具材も」


こっちの世界にももちろんパンはある。

世界中回ればフカフカの白パンに出会えるのかもしれないけど、私が今まで巡った範囲では、パンといえば茶色くてズッリシと重いセミハードタイプの物ばかりだった。

きっと小麦そのものが違うんだと思う。


あれはあれで美味しいけど、日本人的にはやっぱりフカフカでモッチリ食感のパンが恋しい。

なので、毎日は面倒だからたまに一度にたくさん焼いて、時間停止機能が備わった別宅に保管するようにしている。超便利。



自宅の味によほど飢えていたかのように、夢中でモグモグとパンを頬張るシグを見て、私はふと首を傾げる。


「この間、異界部屋わたしんちから持ち出した食べ物はどうしたの?」


軽く摘む程度の消費の仕方なら、十日やそこらは持ちそうな量だったけど。


「あんなもん、いくらも経たねえうちに食い切っちまった。宿のメシが相変わらずでなぁ」


「ミィソの味付け、控え目にしてもらってるんじゃないの?」


「ん〜・・まぁ、そりゃそうなんけどよ。なんていうか、ミィソに限らずどの料理も酢が使われてるヤツが多くて、口に合わねぇんだ」


「ははぁ・・」


冬場の食材保存が塩漬けより酢漬けの方がポピュラーな地域なのかな?

内陸だから塩が高価なのかも。

そう思ってそれを口にしたら、意外にも山塩(岩塩)が採れる場所があるという。


「塩が採れるつっても凶暴な獣がウジャウジャいる山の中で、今現在採掘現場は雪の下だぞ。春から秋の雪の無い時期に、塩を掘りに行くのも狩人の仕事なんだそうだ」


「へぇー、そうなんだ・・。でも塩は大事よね。こんな海から遠く離れた地域で、商人がわざわざ他所から運んで来た塩を買うとなると、かなり高価になるだろうし」


危険リスクを冒してでも山に分け入る価値があるって事よね?


「だがまぁ、一昔前まではその『お高い』品を買う以外に塩を入手する方法が無くて、かなりボラれてたみたいだぜ」


「え?じゃあ塩が採れるようになったのって、最近なんだ」


「・・・最近と言えば最近か?。二十年ぐらい前?つってたかな。たまたま地形が変わるような“災害”があって、山が崩れた跡に塩の地層が見付かったんだと」


地形が変わる程の災害って・・・・・結構酷くない?

地震とか、山津波とかだよね。多分だけど。



「━━━ところで、話は変わるが・・。お前、たまにでイイからこうやって食い物差し入れてくんねぇ?ここんとこ急に仕事が増えて、しばらく家に帰る暇も無くなりそうなんだ」


いくら自ら引き受けた仕事だとはいえ、唯一の楽しみともいえる食事があれではやってられない━━━、と辟易した表情でシグがボヤいた。


「・・・何かあったの?」


「どういうわけだか近頃、町の近くをウロつく獣が増えてな。普段滅多に山から降りて来ないような上位種まで目撃されるようになって、狩人全体の警戒レベルが引き上げられてる。俺はこういう場合に備えて雇われた人間だから、今町を空けるわけにはいかねえんだ」


「そう、そんな事情なら仕方ないわよね。━━わかった、任せといて。ただし!私が異能で出入りするところを他人に見られるわけにはいかないから、できるだけこの部屋に人を近付けないようにしといてよ?」


「了解。悪ぃな、助かる」


━━そう言って笑った顔が、珍しく真面目な表情だったから、私は『おや?』と思った。

 

・・・なんだ、そんな顔もできるんじゃないの。


いつもふざけて他人を茶化すような物言いばかりしてるシグが、幾分キリッと表情を引き締めて口を噤んでいると、恐ろしく見応えのある絵面になる。


私に耐性がなかったら、今頃流血沙汰で血溜まりをこさえているところだ。




・・・・・その口許にアンコをくっつけてさえいなければ、だけど。



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