乙女の単独デビュー
この日の午後のお茶の為に用意していたバナナブレッドとジンジャークッキーは、ものすごい勢いで全部シグのお腹に消えた。
そしてもちろんそれ以上に晩ご飯をたらふく食べたシグは、翌朝上機嫌で下山して行った。
来る時はほぼ手ブラだったくせに、家を出る時にはパンパンに膨らんだ風呂敷包みを背負ったコソ泥スタイルで。
風呂敷の中身は、私が青空市に出品する為に作り置きしてた保存食や、毎日のお茶請け用にストックしてた日持ちのする焼き菓子類。
どこで○扉を使っての差し入れを『やっぱやめた』と言ったら、あの野郎はそれじゃあとばかりに別宅のキッチンを漁って、ありったけの加工品を物色して行きゃあがった。
もちろん後でキッチリ代金は請求するけど、そっちはひとまず保留するとして。
『商品』の在庫を粗方持って行かれてしまったのは、かなり痛い。
「ウィネスさん、そろそろ私一人で外出しても良くないですか?」
「うん?どうしたんだい?」
午前の家事の合間にブレイクタイム。
コーヒー片手にソファーに掛けて寛ぐグウィネスさんに、それとなく話を振ってみた。
「ありったけの加工品をシグに持ってかれちゃったんで、新しく作るのに材料を買い足しに行きたいんですけど、毎回ウィネスさんに同行をお願いするのもなんだか申し訳なくて」
「そんなのは全然気にしなくて構いやしないが、あんたにしてみりゃいちいち同伴者がいないと外出できないとか、面倒だよねぇ。うーん・・、どうしたもんか」
「行きはいつも通り転移陣を使わせてもらって、帰りは━━それこそ何処からでも“跳んで”帰れますよ」
多少道に迷ったところで、全く問題はない。
馴染みの薄い場所に跳ぶのと違って、帰りは自宅をイメージすればいいだけだから超簡単。
「移動の手段に関しては何も問題ないだろうけど、街中でおかしな手合いに絡まれたりしたら厄介だよ。あんたに自衛の手段のひとつもあればいいんだけどね」
「自衛、ですか・・」
どうもグウィネスさんもシグも、私が一人で動き回ると碌な事にならないと思っている節がある。
知らない人に『良い物あげるから』と言われても付いて行っちゃ駄目だとか、五才の子供に言うような台詞を耳タコになるほど言われたし。
「あんたは何かに夢中になると周りが見えなくなる性分だからねぇ。あたしと一緒に出掛けたって、何度も怪しげな客引きに捕まりかけてるじゃないか」
「うっ・・!」
それは、つい・・・、珍しい物が多くて。
「いっそ護符でも持たせとこうかね。物理反射と抗魔力の効果を付けて━━ついでに麻痺針も仕込んどこうか」
「あのー・・そこまでしなくても・・・」
私の見た目はごく地味な方だし、そんなに目立ちやしませんよ━━━という私の意見をグウィネスさんは真っ向から否定。
「あんたのその手入れの行き届いた髪や肌だけでも、富裕層の人間だと判断される根拠になるんだよ。破落戸共のいいカモさ」
「え、えぇー・・!?」
街に出掛ける時はあまり浮いた格好にならないようにと、服装には気を付けていたけど。
髪や肌のコンディションまで観察されちゃってるとは!?
「服装はすぐに変えられても、髪や肌ってのは日頃の手入れが物を言うだろう?庶民がいくら貴族の真似をして格好だけ整えてたって、様にならないのと同じさ」
つまり私が日常的に行っている入浴やスキンケアが、私のカモとしての価値をより高めてしまっている感じなのか。
国や地域にもよると思うけど、毎日お風呂に入るのってやっぱり贅沢なんだな。
でも日本人としてそこは絶対に譲れないポイントというか。
入浴できる環境が整っているのに、敢えてそれを”しない“という選択は、私にとってまずあり得ない。
「じ・・・自衛の手段を固める方向でお願いします」
後日グウィネスさんに危ない機能満載の護符を手渡され、『歩く地雷原』と化した私は、単独での初のお出掛けを果たした。