乙女激オコ
ちょいムカッ腹が立った勢いで“当分その顔見たくないから”とは言ったものの、シグと同じ部屋に泊まった事になっている以上、勝手に姿を消すのは不自然だと後から気が付いた。
なので仕方なく、翌朝もう一度“歌うカワセミ亭”の客室に移動すると、
「よくも俺を置いてったな・・・薄情者っ!!」
思いっきり朝帰りを詰られた。新妻か。
「・・悪かったってば。ちょっとばかし機嫌が悪くなったもんだから」
「お前、そこは“気分が”じゃねえのかよ」
どっちにしたって原因はアンタよと言いたいところだけど、昨日の自分の態度は完全に八つ当たりだから、あんまり強くも言い返せない。
「それよりシグ、朝ごはんまだでしょ?色々作って持ってきたから。階下の食堂に降りる前に少しお腹に入れとく?」
「食う食う!何がある?」
食べ物をチラつかせた途端に機嫌が良くなった。おチョロ様。
布製のトートバックからスープジャーとサンドイッチの包みを取り出し部屋に備え付けの小さなテーブルに並べると、さっそくそれを摘もうと横から手が伸びてきたので、それをピシャリと叩き落とす。
「せめて顔と手ぐらい洗いなさいよ」
「ちぇー」
部屋には狭いながら洗面スペースが設けられていて、壁掛けの鏡の前に大きな水差しとボウルが置かれている。
ちなみに水差しの中身は、チップを支払えば毎朝お湯に替えてもらえるらしい。
「洗ったぞ!」
期待に満ちた目でイソイソと席に着く様子が、まるで“待て”を言い渡されてる犬みたいなんだけど?
「食べてよし」
「おっ、やった!スープジャーの中身はシチューか。サンドイッチは・・・もぐもぐ・・・、美味いな!」
あの酸っぱ辛い味付けがよほど堪えているのか、いつもと変わらない料理をものすごく美味しそうに頬張っている。
「ところでさ、」
「んぁ?・・・んぐんぐ」
「これでもう一応、当初の目的は果たした事になるのよね?」
私が今回この町を訪れたのは、町の位置情報を取得するためで、本来ならこれでもう用事は終わりなんだけど。
宿の女将さんや少数だけど町の住人にも姿を見られているから、町を発つところまでの演出がどうしても必要になる。
人や家畜を襲う獣が近くの野山を闊歩する地域で、子供の私を一人で歩いて帰らせたとなると、保護者としてのシグの信用度はタダ下がりになるだろうし。
『あんな小さな(!)子を、危険地帯に一人で放り出すなんて!』
てな感じで。
冬のこの時期、町の外は子供にとって危険しかない場所という認識みたい。
「もう『戻る』のか?」
「移動のコツは掴んだから、次からは朝晩差し入れするわよ」
「やった!」
これならなんとか持ち堪えるでしょ。
『ご飯が不味いからおウチに帰る!』だけは本気でやめようよ。いい大人なんだから。
時間を計る道具が浸透していない庶民の間では、基本的に太陽の運行が一日の行動の目安にされる。
日の出からやや時間が経過した今の時刻は、多くの人間が活動を始める時間帯で、冬の日の出が遅い事を考えるとだいたい六時前後か。
家事を担う立場の者なら、もうとっくに起き出して竈に火を入れている頃合いだ。
自宅から持ち込んだ料理でシグが軽い食事を済ませた頃、客室の扉を控え目に叩く音が聞こえた。
「おはようございます、洗面用の湯をお持ちしました」
なるほどこれが別料金のサービスかと思ったら、食後のコーヒーを啜っていたシグが渋い顔を見せた。
「・・・頼んでねえ」
あー・・なるほど。押しかけサービスか。
声からして若い女性なのは確実よね。
寝起きならドサマギでなんかこう、ラッキースケベ的な成り行きが!とか、期待してたりするのかも。
「ひょっとして寝起きを襲われた事とか、あったりする?」
「何度かな」
あるんかい!!
「言っとくが全部追い返してるぞ?ありゃあ半分は仕込みだ」
「仕込み?」
「ガラハドだ。お気に入りの情女ができりゃあ、俺がここに居着くかもと思ってやがんだろう」
「ははぁ・・」
組長さんの目の付け所は悪くないのかもしれないけど、あの酸っぱ辛い調味料が料理の主な味付けである限り、シグがこの町に長居をする事はないだろうけど。
「あのぅ、失礼してお部屋に入らせて頂いても・・?」
はああ!?そういうのあり!?
扉越しの声に返事を返さずにいたら、なんと仲居さん(?)は堂々と不法侵入を宣言してきやがりました。
「部屋の内鍵閉めてないのシグ!」
「あのな、いくら鍵を閉めたとこで、相手が宿の従業員じゃとうにもならねえよ」
合鍵使い放題!セキュリティどうなってんの!?
とかなんとか会話を交わしている間に、カチリと鍵を回す音が聞こえて、今にも仲居さん(?)が部屋に入って来ようとする気配が。
「チッ、しょーがねーな。ネージュちょっとこっち寄れ」
「はぃ?」
不法侵入宣言にあわあわしてたら、いきなり腕を強く引かれて、そのままストンとシグの膝に乗っかる形になってしまった。
それも横に座りじゃなく、膝を割って跨がる恰好に。
「失礼します」と再度控え目な声をかけながら、部屋に足を踏み入れてきた女性は、まだ寝台で休んでいるとばかり思っていた男の姿を見るなり、ギョッとした様子で目を見開いた。
なんと男は寝乱れた衣服のまま、膝に幼い(!)娘を抱え上げて悪戯している真っ最中!
椅子に座って向かい合う形で抱き合い・・・というか、男が一方的に娘を深く抱き込んで、離すまいとしているように見える。
「悪ィが今は取り込み中だ」
出て行け、と冷えた視線で促された女性は、おそろしく複雑な表情を浮かべ、何も言葉を発しないまま後退るようにして客室を出て行った・・・・・。
「毎回追い返すのに苦労してたのが嘘みてーだな。あっさり引いたぜ」
「・・・・・・・・・・・・よ・・・・・・・・・・」
「よ?」
「嫁入り前の乙女にナニしてくれとんじゃ、このボケナスーーーーーっ!!」
予想外の不埒な展開に混乱を起こした私は、ここで思いっきり勢いよく立ち上がった。
次の瞬間、『ゴツッ!!』という鈍い音と同時に脳天に強烈な痛みが走りーーーーー、気がついたらシグが床で伸びていた。
当然自分にもかなりのダメージが入った。
「いっっったああああーーーっ!!目っ・・、目から、火花がっ・・・・!!」
あまりの痛さにしばらく転げ回った後、私はその足で自宅に跳んで帰り、二度とエルモの町には戻らないことに決めた。