乙女、ぶらり街角
欧州の古都を彷彿とさせる石畳の路地に、三角屋根の家屋が建ち並ぶ絵本の挿し絵のような街並み。
自動車の代わりに四つ足の獣が引く馬車のような乗り物が通りを行き交い、辺りには雑多な物音や臭いがこれでもかと溢れ返る。
朝寝坊して中途半端な時間に目を覚まし、昨日の夕食どころか今朝の朝食まで摂り損ねた私は、例の会話の後で保護者に猛然と空腹を訴え、即行で街中に繰り出して来ていた。
昨日私が寝込んだ後でシグが古着屋で調達してきた、この辺りでごく一般的な目立たない服に二人して袖を通し、『怪しい余所者』から『旅人その一・その二』にジョブチェンジ。
流石にシグの軍服は目立つし、私もいつものワンピースのままだったら街中で浮いてたところだったから、素直にお礼は言っといた。
トレンカは交易で栄えた都市らしく、幅広く設けられた街の目抜通りには屋台や天幕の類いが所狭しと建ち並び、驚いた事に街を貫く大通り全体が市場と化してる。
私のお目当てはもちろん、おいしそうな匂いを漂わせている屋台一択だ。
「ねーシグ、こんどはあれ、あっちのも食べてみたい!それとこっちの屋台のチュロスみたいな揚げ菓子も!」
「へいへい。オヤジ、三つばかし包んでくれ」
「あいよ、まいどありぃ!可愛い嬢ちゃんには一つオマケだ!」
「わーい、ありがとー」
チャリン、と音を立てて数枚の硬貨が手から手へ受け渡される。
すっかり私のお財布と化したシグは、きっと他人から見れば『孫娘に甘いお祖父ちゃん』そのまんまだ。
後二年で成人という私にしてみればなんとも微妙な気分なんだけど、見たところこちら側の人達は皆男女共に欧米人並かそれ以上に大柄で、女の人はボンッ・キュッ・ズドーン!のスタイルが基本だった・・・。
シグが私を子供扱いする訳がよーく解りましたとも。
ええ、そりゃもう。
こうなると無闇に大人を主張したところで、見た目からしてまんま小娘の私は『大人ぶりたい年頃のお子様』としか見られない事ぐらい容易に予想がつこうというもの。
いずれ独り立ちするにしても、この見た目じゃあ地盤を固めるのはかなり大変そうだ・・・。
半ばやけ食い気味にモグモグと口を動かしながら食べ歩きをしていると、ふと市場の一角で家畜やら何やらの生き物を扱っている団体さんが目に入った。
風の民から譲り受けたお馴染みの騎獣に混じり、見たことも無い生き物がたくさん紐や鎖で繋がれ、檻に囲われて、商品として路上に並べられている。
羽の綺麗な鳥や立派な角を生やした馬には物凄く興味をそそられたけど、なんとなく気後れして結局その場に近付く事はしなかった。
どっちみちただのひやかしで終わるのは分かりきってたし、愛玩動物にしか見えない小さな子なんか触れたら情が移ってしまいそうで怖かったから。
「しっかしまぁ、・・・これを全部食うのか?」
街角の飲食スペースのテーブルに、どどん!と並べられた大量の軽食にシグは少々呆れ気味。
確かにねだったのは私だけど、気前良く買ってくれちゃったのはシグだ。しかも全体量の三割はオマケ。
「二人分よ、二人分。シグだって朝御飯まだなんでしょ?」
「にしてもだな・・・」
「ん!ね、ね、コレ美味しーよシグー」
「・・・まあ、いいか」
機嫌が直ったんなら、とかボソボソ付け加えた後でしっかり自分もモリモリ串焼きを頬張り始める。
喋らないできちんと背筋を伸ばして座っていれば、上流階級の晩餐会とかでも通用しそうな佇まいなのに、仕草がいちいちヤンキーっぽいのはなんでだろう。
「シグ、口許にタレがついてる」
「おっと」
一瞬、あんたは子供か、と思った私の目はデッカイ節穴だった。
注意されて汚れた口許を無造作に指で拭い取るところまでは普通だったのに、無意識に指をべろりと舐め上げた仕草を見た瞬間、思わず鼻血を噴きそうになった。
前言撤回。こんなエロい子供はいない。
断じてこれは私の妄想過多なんかじゃない。
現に周りのテーブルの女性客達が揃って顔を赤らめてプルプルしてるし。
本人は別に意識してやってる風でも無いあたりが更に始末に負えない。
私がシグを『おじいちゃん』と呼ぶのはほぼ嫌がらせなようなもので、実物は一般で言うところの『お年寄り』とは別の生き物だと思ってる。
年輪を重ねてるのは確かだけど、そこいらの腰の曲がった老人とは比較するのがそもそも間違いな存在だ、とも。
そもそもシグの立ち居振舞いや言動には、老いを感じさせるものが何一つ見当たらない。
恐らくだけど人間━━━いわゆる『純人』とは寿命自体が違うのかもしれない。
色んな種族がいるらしいこの世界では、それぞれ刻まれる時間が違っていたとしても不思議じゃない。
現にほら。色気ダダ漏らし状態のシグを狙って、肉食系女子が然り気無さを装いつつジリジリとこっちに近付いて来てる。
あれは断じて『枯れたお年寄り』を見る目つきなんかじゃあない。
「ここ、相席させてもらってもいいかしら?」
ほーらーねーーー。
「お連れのお嬢さんは随分と可愛らしいのね。━━━娘さん?」
内心舌舐めずりしてそうな表情で近付いて来たのは、オレンジ色の髪に猫の瞳をしたボンッ・キュッ・ズドーン!の美女。
人型を取った獣人は外見はほぼ人間と変わらないらしいけど、稀に瞳や爪先とか身体の一部にその特徴が残る事があるらしい。
私の予想ではこの女、猫科の獣人ぽい。
纏う空気が女豹そのものだ。
シグもこの手の逆ナンは慣れっこなのか、余裕綽々で愛想を振り撒いてる。
そりゃそうだよね!この御面相だもんねー。
女に放っておかれた経験なんか無いだろうねえぇぇー。
はあぁ・・・やだやだ。これだから顔の良い男は。
私にとって男の軽薄さは致命的なマイナスポイントだ。
好みというより、生理的に受け付けない。
いくらイイ人だと頭で理解してたところで、それを見せつけられると途端に気持ちが萎えてしまう。
我ながら潔癖過ぎると思わないでもないけど、自分の我が儘を他人に押し付けるつもりはないから、誠実さを求める相手がいるとしたらそれは自分の伴侶だけだ。
私は目の前でオトナの世界に浸り始めた二人をなるべく視界にいれないようにして、食事を再開した。
時折街に目を向けて人の流れを観察すればするほど、改めてここが異邦なんだと思い知らされる。
見るからに異質な風貌を晒して歩いている者はいなくても、元の世界では有り得ないぐらいの大きな身体の人や、反対に子供のように小柄な背丈しかない人が人混みにチラホラ紛れているし、極めつけは髪の色━━━。
あちらではそれこそ二次元でしかお目にかかれないような奇抜な色彩が、そこかしこに溢れ返っている。
━━━まるで絵の具箱みたいだ。
ぼんやりとそんな事を考えていた時だった。
『たすけて たすけて おかあさん!!』
小さな子供の悲鳴が、私の鼓膜を打った。