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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女の母は

再婚して早々に夫の仕事の都合で、夫婦で海外への移住が決まり、春から大学に通う娘を日本に残して渡航したのは二年前。


日本と海を隔てた異国の地で、お互い新たな生活は順調に滑り出したかのように思えた。


ところが。移住先の国に着いて一週間もしないうちに、万が一未成年の娘に何かあった時のためにと、保護者の代理を頼んでいた知人から電話で『娘さんの行方がわからなくなった』と連絡が入った。


━━━何の冗談かと思った。


半信半疑で日本にUターンした私を待っていたのは、住人が消えた空っぽの部屋マンション

その“事件”は自分達が娘に見送られて日本を発った翌日、既に起きていた。


三月半ばのその日、日中の街中で若い女性が歩道橋から転落する()()があった。

多数の目撃者がいて、事故の直接の原因となった二人組も警察の事情聴取を受けており、誤報や見間違いの類いでない事は確認済み。


━━━にもかかわらず。

歩道橋の天辺から転がり落ちれば、重症を負って動けないでいるはずの当の被害者の姿は何処にも見当たらず、偶然事故現場に居合わせた通行人達は110番通報で駆け付けた警察官に対し、口を揃えて『女性が消えた』と証言したという。


単なる白昼夢で片付けるには目撃者の数が多過ぎた。

まるで通行人全員が揃って同じ幻覚を見たかのよう。


現場に散乱していた女性の手荷物の中に財布があり、所持していたカード類から身元を割り出したものの、本人は数日前に現住所に転居してきたばかりの一人暮らし。


確認のため身内に連絡を入れようにも、その“身内”の居場所がなかなかつかめず、あちこち遠回りをしてやっと得られた近親者の情報が、数日前に両親が海外に移住するため日本を出国しているというもの。


そこから夫婦の交友関係を辿ってようやく例の知人に行き当たり、一週間近くも経ってようやく親である自分達に“事件”の一報が届くことになった。


━━━これが単なる転落事故なら、それほど騒がれたりはしなかっただろう。

日中の街中での出来事というのが災いして、この()()はSNS上で瞬く間に拡散し、『真昼のミステリー!』『消えた女性の行方は!?』などと面白おかしく誇張され、ゴシップ雑誌や昼のワイドショーにまで取り上げられた。


警察に娘の捜索願いを届け出た帰り、どこで聞き付けたのか記者が警察署の前で待ち構えていて、『今のお気持ちを一言!』とマイクを突き出してきた時には、本気で記者をなます切りにしてやろうかと思った。

無神経にも程がある。


『娘さんの事が心配でしょうね』?


当たり前の事を聞かないで欲しい。


『行方が気掛かり』?『何処に行ったんでしょうね』?


んなこたぁ、こっちが聞きたいわあぁぁぁーーーーーっ!!!




・・・華朱あのこは昔からよく迷子になる子供だった。

姿が見えなくなるたび、毎回こっちは必死になって捜し回った。


謎の放浪癖が悪化してそのまま行方知れずになった()夫と違い、あの子はどちらかというとインドア派で、自ら進んで外を出歩く方ではなかった。━━━にもかかわらず、“たまの外出”に何故かいつも決まって迷子になるとか、マイナス方面に働く『ナニか』を持っていたとしか思えない。


だけど、あの子はいつも帰って来てた。

半ベソかきながら。

だから今回もきっと━━━、帰って来ると思っていたのに。


一年経ち、二年目の春が巡っても、あの子はまだ帰らない。


マスコミに騒がれたのはほんの数ヵ月で、世間の興味ははすぐに別の話題に移り変わり、次第にあの子の事は誰からも忘れられていった。

忘れられないわたしを置き去りにして。


普段は海外の住居すまいで夫と暮らし、数ヵ月おきにあの子の自宅いえの様子を見に日本に戻る。

そんな日々が続いたある日、自分の携帯にたちの悪いイタズラ電話が掛かってきた。


━━━着信画面には“華朱”の名前。


現代っ子の常でいつも肌身離さず持ち歩いていたはずのあの子のスマホは、当時の事故現場からは発見されず、自宅マンションをいくら探しても見つからなかった。

可能性があるとしたら━━━━。


「・・・随分手の込んだ真似をするわね」


かつて好奇心剥き出しの外野から散々取材攻勢を受けた嫌な思い出から、どうしてもそっち方面にしか考えが進まず、思い切り喧嘩腰の対応になった。

・・・後々の後悔になるとも知らず。



電話の声は涙声だった。



まさか・・・、まさか、まさかっ・・・・・!

本当に本物の華朱だっていうの━━━━!?


動揺して言葉が上手く続かず、まごまごしているうちに通話が途切れる。


馬鹿だ私、なんでもっとちゃんと相手の話を聞かなかったの!!

あれが本物の華朱だとしたら、やっとの事で連絡が取れた機会だったのに・・・・・!!


そして私は、会話の終わりに電話の声の主が言っていた事を思い返し━━━━。


「あの子の自宅いえに・・・もう一度行かないと!」



私は空港の搭乗ゲートを潜る寸前で、出口に向かって大慌てで踵を返した。


国内ギリギリセーフ!の巻き。

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