乙女が待ち焦がれたもの
“向こう側”の自分の部屋にノートを移動させた後、もう一度スマホに視線を落とすとアンテナはまだ半分立ってる状態だった。
・・・いまならまだ間に合うんじゃない?
「シグ、ちょっとこっち寄ってみて。ウィネスさんの隣━━━そうそう」
「はぁ?なんの真似だ?」
「いいから、いいから!ちょっと思い付いた事がね・・」
そうよ、なんで最初からこれをやらなかったの、私!
私は大急ぎで並んだ二人の真ん中に立つと、自撮りの要領でカメラのシャッターを切る。
「で、送信!」
声だけじゃいまいち信用しきれなくても、写真を目で見て確かめられれば、さっきの会話の信憑性も増すはず。
ていうか━━━、スマホにテレビ電話の機能があったじゃん!なんで忘れてた、私!
そうこうしているうち、窓の外の風景はいつの間にか再び動きを止め、いつもの静止画の状態に。
「ふぅん、やっぱり時間が経過すると繋がりが保てなくなるみたいだね。次の同調のタイミングがいつになるやら」
研究者の顔をしたグウィネスさんは、顎に手を当てて思案顔。
「あー・・実は、もう当分その機会はないかもです」
どういう事かと説明を求める表情をされ、私は自分の推論を口にする。
「青磁の言葉をそのまま鵜呑みにするわけにはいけないですけど、青磁がこっちで過ごした時間が二年弱なのに対して、あっちでは八年経ってるんです。それでいくと向こうの時間の流れの早さは、こっちの四、
五倍ぐらいありそうなんですよね。この部屋の窓から見える風景が同調のカギだとすると、向こうではそろそろ桜の見頃も終わりなので」
満開になった桜が花弁を散らし、葉桜になるのはあっという間だ。
「ふぅん、そうなのかい」
「運が良ければひょっとすると、もう一回ぐらいは機会があるかもしれませんけど」
「それに関しては、あんたがこまめにこの部屋を覗いて確認するしかないだろうね」
「・・ですね」
それでも今回お母さんの声が聴けて、“手紙”を送る事ができた。
ちゃんとした会話にならなかったのは残念だけど、取り敢えず例のノートがお母さんの手元に渡れば、私が生きてるって事はなんとか伝わるはず。
そしてその『機会』は、なんとこの日のうちに訪れた。
日本との接続が切れた後も、私はすぐには母屋に戻らず、クローゼットの扉を開けた状態で、しばらく別宅に待機していた。
・・・ただなんとなくその場を離れ難くて。
だけど居候の分際で、いつまでも働かず異界部屋に引きこもり続けるわけにもいかなくて、夕食の支度のために母屋に戻ろうとソファーから立ち上がった、その時。
リビングのテーブルの上にポツンと置かれた封筒が、目に飛び込んできた。
・・・・・いつの間に、どっから湧いて出てきたの、この封筒。
部屋には何の異変もなかった。・・・・・と、思う。
窓の外ばかり気にしてて、室内の様子にはあまり気が回ってなかったのは確かだけど。
いくらなんでも昨夜みたいな異変が起きれば、すぐに気付くはずだと高を括っていたのかもしれない。
━━━封筒の宛名の部分には、紛れもないお母さんの字で『華朱へ』と記されていた。