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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女の偽物疑惑?

待ち望んだその瞬間、リビングの窓から見える風景がわずかに二重に滲んで見えた。


空に踊る薄紅の花弁。()()と同じ桜吹雪━━━━


「ウィネスさん・・」


「任せとき」


空間を用いた魔術に関する事なら、自分以上の識者はいないと豪語するだけあって、術を行使する彼女の手際はお見事だった。


予め展開していた術式を私の合図で発動させ、微妙にズレていた“向こう”と“こちら側”の空間を、一瞬で最大ギリギリまで重ね合わせる。


私が急いでベランダから表の様子を確認すると、そこには以前と何一つ変わらない、賑やかな音で溢れた街の姿があった。


「・・・っ、」


忙しなく通りを行き交う車のエンジン音。

開かずの踏切をひっきりなしに通過する電車のせいで、四六時中カンカン鳴りっぱなしの警報。

雑踏のノイズに混じり、人の群れから時折漏れ聞こえる会話の切れ端。


どれもこれもほんの少し前まではごく当たり前に身近にあった生活音で、騒がしいと感じる事はあってもこれを泣きたいぐらい恋しく思う日が来るなんて、思いもよらなかった━━━。


「・・・随分騒がしい街だな?」


「言うと思った。でも()()はこれが普通なんだよ」


人工物で溢れ返ってるこの世界の『音』は、シグやグウィネスさんにとっては異質で耳慣れないものばかりだろうけど、生まれた時からこの環境に慣れ親しんでいる私には、もはや子守唄のようなもの。情緒の欠片もないけどね。


「可能ならば是非とも街に降りてあちこち探索したいところだけど、あたしが安全を保証できるのはこの家の中だけだ」


私とシグは前に一度ノコノコ表を出歩いた前科がある。

実はそれかなり危険な行為だったらしくて、後から二人揃ってみっちりお説教された。


不完全な接続状態で不安定な空間に入り込んだりしたら、どこぞの異空間の隙間に落っこちて二次遭難する危険が高いのだと。


「━━━ハネズ。今の状態がどれだけ維持できるかわからないから、事はなるべく急いだ方がいい」


「・・はい」


ベランダから室内に戻った私は、今回の目的のためにどうしても必要な“あるモノ”を手に取った。


それはあの転落事故の当日、外出する際たまたま家に置き忘れたスマホ。

落ちた世界では当然圏外で、使い途のないただのガラクタでしかなかったけど、仮にでも元の世界と繋がっている今ならばと思い、アンテナを見れば━━━━━。


「・・・よし、いける!」


お母さんがまだ日本国内にいるなら普通に繋がるはず。

━━━━お願い、繋がって・・!


私が祈るような気持ちで通信履歴からお母さんの携帯番号ナンバーをタップすると、ほどなく馴染みのコール音が耳に伝わってきた。


「・・・っ、」


五回、十回と鳴り続けるコール音。

二十回を越えた辺りから、期待よりも不安の方が大きく膨らんで、ついつい『失敗』の二文字が頭をよぎる。


あまり時間に余裕がないため、メールやラインで伝言メッセージを残す方向に切り替えるべきかと思い始めた、その時。



『・・・・・もしもし』



コール音がプツリと途切れ、ついに待ち望んでいた人物の声が耳に届いた。


「お母さん・・・!!」




『━━━華朱っ!?・・・まさかそんな・・・・・。あなた、誰だか知らないけど、ただのイタズラ電話にしては悪質よ』


「えっ」


『それ、あの子の携帯よね。いつどこで手に入れたの?』


「ちょっ、まっ・・・話を聞いてってば!お母さん━━━」


『いい加減にして!私の娘は一人しかいないわ。赤の他人にそんな風に呼ばれる覚えはな』


「だあああからああああーーーーー!!私がその娘!話、聞いてよ!時間がないんだってば~~~」


『・・・・・』


まいった。この展開は予想してなかった。

でもここで電話をブチッと切られるわけにはいかない。


「いま全部説明してる時間はないから!もう一度、私の部屋に来てほしいの。そこに手紙を置いておくから・・・、それ読んで」


『偽物が何を・・・。まさか・・・、それらしい嘘をに決まってる・・・』


「勝手にいなくなってごめんなさい。自分で望んで消えたわけじゃないの。とりあえず元気で生きてるから、お母さん・・・お義父さんと幸せに・・・、げ、元気でね・・・」


それだけ言うと胸が詰まって、もう言葉にならない。

言いたい事はまだいっぱいあるのに。イタ電疑惑のせいでちゃんとした話し合いは無理みたいだ。


「悪いけど、そろそろ同調が切れる頃合いだよ」


大した実のある会話も交わせていないのに、無情にもタイムリミットが迫る。

ここでグズグズしてると肝心の物が転送できなくなりそうなので、泣く泣く通話を終了した。


・・・とりあえず生の声が聴けただけでも良しとしなくちゃ。

お母さんのあの塩対応から察するに、私がいなくなった事で何か不快な目に遭ったのかもしれない。


過去に何度も失踪を繰り返し続けた青磁の件で、世間から心無い嘲笑を向けられた時みたいに。


ぐああああああーーー!!思い出したら段々ムカついてきたっっ!!


「ネージュ」


「うん・・・、大丈夫。やれる」




私の異能の空間転移は、グウィネスさん曰く“魔術とは全く別の代物”だそうで、強いて例えるなら動物の帰巣本能に近いんだとか。


だから『知らない場所』には跳べないし、無理して跳んだ場合どこに出るのかは『運』次第という非常にデンジャラスな事になるらしい。

最初の岩牢の時がそれだと思う。


あの時は連れ(シグ)がいて結果的に事なきを得たけど、単身で試そうとは絶対思えない。

遭難して野垂れ死にする未来しか思い浮かばない。



私はリビングの空間の一点に向かって、小さな扉をイメージする。

ちょうどソファーセットのテーブルの上辺りに、郵便受けサイズの小さな小窓を。


その空間に例のキャンパスノートをそっと押し込むと、ノートは音もなくテーブルの上に落ちてその場に留まった。


傍目にはただテーブルの上で手を離して、ノートを落としただけに見えるだろうけど、パサリとも音がしなかった事が実験の成功を示していた。


「上手くいったのか?」


「多分。シグ、ノートに触れてみて」


「おお、お?おおおぉ!?━━━触れねえぞ!」


「それでいいのさ。上手くいったじゃないか、ハネズ」


「はい・・」


『向こう側』のマンションと『こっち側』のマンションは、同じに見えていても同じ場所には存在していない。


あくまで一時的に重ね合わさっているだけで、本来お互いの存在に干渉する事はできない。

━━━()()()()


だけどそこに特殊な異能持ちの私が加わる事で、多少の反則技が可能になったわけで。

今この時ばかりは自分の体質に心底感謝した。

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