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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女が語るシナリオは

サロンでアルビオナさんに手づからお茶を振る舞われ、当たり障りのない会話をひとしきり交わした後、何故かその場に妙にぎこちない空気が漂いはじめていた。


原因はなんとなーくだけど察せられた。

一生懸命明るく振る舞っているアルビオナさんが、たまに躊躇ためらうように口ごもる瞬間があるから。

何か聞きたい事があるのに、怖くて聞けない━━━そんな感じで。


私にしてみたら今回のお宅訪問はグウィネスさんの用事のついででしかないけど、彼女にとっては天涯孤独だと思ってた“夫の身内”がヒョッコリ訪ねて来たという微妙なシチュエーションのはず。


なにしろ青磁(これ)の素性が判明した直後、私が一方的にののしりまくってトンズラしたせいで、傍目にも確執があるのが浮き彫りになっちゃってて、いまさら仲良し()()の振りするのも不自然だから、尚更気まずい。


━━━私さぁ?こういう煮え切らないモヤモヤした雰囲気ってやつが一番苦手なのよ。

こういうのが延々と続くのって、堪らないわけ。




「きれいなお庭ですね!」


我ながら唐突な話題転換だとは思うけど、このギクシャクした空気にはもうとても耐えられない。


「・・・えっ?えぇ・・その、秋咲きの薔薇そうびは今が見頃だから・・・」


案の定アルビオナさんはキョトンとした顔で私を見てる。


「近くで見させて頂いても?」


「あ、じゃあ僕が庭を案内━━━」


「青ちゃんはシグの相手をお願い。アルビオナさん、お庭の案内をお願いできますか?」


「・・ええ、行きましょうか」


ちょっと強引だったかもしれないけど、この機会を逃したら二人きりで顔を合わせる事なんて二度とないかもしれないしね。

この人とは一度ちゃんと話してみたかったし。


青磁の視線が何か言いたげだけど、この際無視して私はさっさとサロンのテラスから直接庭に降りた。




「━━━アルビオナさんは、せ・・・兄から私の事をどんな風に聞かされていますか」


私と彼女の会話が他人に聞こえない位置まで距離を取ってから、まずは自分の方から話を振ってみた。

こういう話題って時間が経つほど蒸し返しづらくなるから、スパッ!と切り込むのが一番。


「・・・それは、その。昔生き別れた肉親だ、とだけ・・・」


「━━━それだけ?もっと何かこう、細かい説明はなかったの?」


「ええ・・、まだよく思い出せない部分が多いらしいの。だから私、あなたに色々と聞きたくて・・・」


よしよし。後でボロが出るような余計な事は何も言ってない、と。

青磁ってば演技の才能はからっきしだから、下手な嘘をつくとうしろめたさからどうしても挙動不審になっちゃうんだよね。


バレバレの態度で誤魔化されたりしたら、嘘をつかれた方は堪ったもんじゃない。


「私はあなたをなんて呼んだらいいのかしら」


「ネージュ、と。親からもらった名前はどうもこの国の人には発音しづらいみたいで、大抵の人はそう呼ぶので」


「“ネージュ”・・・きれいな響きの名前ね」


「わりと気に入ってます」


「それで、ネージュさんは」


「あ、呼び捨てで構いません。アルビオナさんの方が年上でしょ?」


年上ってゆーか、事実上の関係性で行ったら“義理の母親”だし。

いやさ、母親だとかこるぇっぽっちも思ってやしないけど!!


「私、今年で二十歳よ。あなたは?」


「━━━━はぃ?」


なんですと!?ハタチ・・・はたちとな、つまり二十!?


「わたしの二つ年上・・・っ!」


「え?・・・あなた十八?」


アルビオナさんの目はまんまるだ。

そして多分私の目も。


青磁の奴ぅぅぅ、年の差婚はともかく娘とほぼ同世代の女子に手ぇ出してんじゃねーよ!!


・・・・・・・あぁ、そういえば記憶喪失だったんだっけ。

そりゃ自分の年齢なんて覚えてるはずもないよねぇ。

幸い見た目的には釣り合ってるから、犯罪臭はしないけど・・・・・。かんべんして。


「ご、ごめんなさい。もっと年下に見えたから、私驚いてしまって━━━」


「いえ、だいたい皆そんな反応だから、キニシテマセン」


どちくしょう。



━━━で、それから先の話の流れはほぼ予想通り。

アルビオナさんの“聞きたい事”というのは、青磁の消え失せていた記憶に関するものがほとんどで。

つまりは生い立ちとか、故郷に存在している(はずの)家族の現状とか。


まぁそりゃ、普通に気になるよね?

自分の旦那の事だし。


それでも有り体に真実を語る訳にもいかないから、事実にそれ相応の脚色を加えた筋書きを語っておいた。


私と青磁の故郷は大陸東部の端っこにある小国という設定にして、青磁が若者にありがちな“若気のいたり”で家出同然に出奔し、そのまま行方知れずになっていた━━━というざっくりとした内容で、わざと色々曖昧にぼかした。


あんまり私が喋りすぎると、今後の青磁の言動次第で辻褄が合わない部分が出てくる可能性もあるから。



「アルビオナさんとアルビオナさんのお父様には感謝してもしきれないです。何処の馬の骨ともわからない行き倒れの兄の面倒を、これまでずっとみてもらって」


一応これは本心。

家族の心配おかまいなしで度々行方を眩ませていた青磁に、愛想を尽かしはしても『死んでいればいい』と思った事は一度もない。


「今は私の大事な家族よ」


「・・・青磁あに過去むかしの事で、アルビオナさんはこれ以上思い悩まなくていいんですよ。ずっと独り身だった母も再婚して幸せにやってますし、私も独り立ちしているので」


そっちはそっちで幸せになればいいんじゃないかと思う。

できれば私の目の届かない場所で。

新妻にデレデレする青磁の表情かおとかがうっかり視界に入ると、つい殴り倒したくなるだろうから。


「━━━あの、最後にもう一つだけ。・・・その、『アカネ』というのはどういう女性ひとなのかしら」


「━━━、あぁ・・」


そういえばクーベルテュールでこの夫婦と遭遇した際に、青磁がお母さんの名前を口に出してたっけ。

私もついカッと頭に血が上って、色々口走ったような気がする。


アカネというのは私を生んだ母の名前よ。・・・青磁と私は母親が違うの」


━━━という設定にしとこう。

アルビオナさんの表情がなんとも言えぬ複雑そうなものになったけど。この辺りが一番無難な筋書きだと思うんだよねぇ。

自分の母親の名前を呼び捨てにする息子って、かなり不自然だし。


おそらくアルビオナさんは青磁が執着を見せた女の名前に、ずっと不安をつのらせていたんだろう。

自分の夫となった男の心に、居座り続ける過去の女の影。

そしてそれは杞憂どころか大当たり。


だけどこの件に関しては、青磁自身がアルビオナさんの愁いを晴らさないと。

いくら私が『気にしないで』と言ったところで、気になるものは気になるんだから。


真実を語れない以上、あとは当事者同士でお互いなんとか歩み寄ってほしい。


つか、青磁おやの夫婦間の問題に、これ以上口を突っ込みたくない。


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