乙女のお宅訪問
「じ・・・実は、さ。その・・・・・僕、こっち来てしばらく完全に記憶を失くさしてて、身元不明の怪我人としてイェレニスさんに保護されてたんだ」
「はあぁっ!?なにそれ・・・初耳なんだけど!!」
今後も青磁に関わるなら、自分の立ち位置だけははっきりさせておかなきゃ━━━。
そう思って口にした言葉で、思いがけない事実が明るみに出た。
「・・・えぇと。なかなか言う機会がなくて」
「・・・、」
そりゃそうだよね。私の方が青磁を避けまくってたんだし。
所々つっかえながらの青磁の説明によると、それこそ初めのうちは言葉を発する事さえ忘れてしまっていて、まるで廃人のような有り様だったらしい。
そんな状態の人間を拾い上げ、尚且つ面倒を見続けてくれるような奇特な人物が、よもやこの世に存在していたとは━━━。
「アルビオナが根気よく僕の世話を焼いてくれたお陰で、時が経つにつれて少しずつ言葉や表情は取り戻せたんだけど、記憶そのものは長いこと曖昧で・・・。
たまに断片的に戻る記憶の欠片もどこか現実味が薄くて、最初は夢の中の出来事ぐらいにしか感じられなかったんだ。
何度か思い出した事をそのまま口にした事もあったんだけど、アルビオナには『ずいぶん面白い夢を見たのね』って笑って受け流されたよ」
・・・何を話したか知らないけど、彼女にとっては荒唐無稽で、夢物語としか思えない内容だったんだろう。
そういえば以前グウィネスさんもチラッと言ってたよね。馬鹿正直に『異世界人です!』と告白したところで、額面通りに受け取る人間なんかいやしないって。
「そう・・・つまり、奥さんにとって青ちゃんは『こっち側の人』で、ただの“記憶喪失の行き倒れ”っていう認識なのね?」
「うん。彼女には、ハナちゃんの事は“妹”だって説明してあるんだ・・・。ずっと昔に生き別れて、再会してやっと思い出せた妹だ、って・・・・・ごめん」
「うん?別にそれで構わないわよ。青ちゃんの見た目年齢的に、実の娘だとか言う方が不自然でしょ」
実年齢が三十代半ばとしても、二十代前半にしか見えない青磁に、十八の娘がいるのはどう考えてもおかしい。
となると、ここは“生き別れの兄妹”設定に乗っかるしかない。
私は辻褄合わせのための身の上話を大急ぎで頭の中で組み立て始めた。
そうこうするうちに何故かトントン拍子に話は進んでいて、なんと明後日にはクーベルテュール郊外にあるというセレンディードさんちへの訪問が既に決定していた。
*
「ようこそ、お待ちしておりました。主よりお話は伺っております」
お宅訪問の当日。
約束していた午後二時きっかりにセレンディード邸を訪れた私達は、玄関先で黒服に身を包んだ使用人に出迎えられ、そのまま応接間らしき部屋へと通された。
魔法職の上級職である魔術師は、生まれは問わぬ実力主義の世界で、知名度や社会的貢献度が高くなるほど家格も上がるのだとか。
人里離れた山奥に居を構え、厭世的な暮らしを営むグウィネスさんとは対照的に、イェレニス・セレンディードという人はそれなりに如才のない人物だったもよう。
大きな邸宅に躾の行き届いた使用人。
華美過ぎぬ品の良い調度でまとめられた邸の佇まいは、貴族の館と言っても通用しそうな趣が漂っている。
グウィネスさん調べによると、セレンディード氏は例の自鳴琴型の魔道具の製作者で、富裕層相手にオーダーメイドの一点物を売り一代で財を築き上げたというから、かなりの遣り手だったのは間違いない。
「待ってたよーハナちゃん!シグルーンさんとそれから・・・えっと、━━━どちら様?」
応接間に現れた青磁の第一声がこれなのは、まぁ、仕方がないか。
何しろ今日のグウィネスさんは変装を解いた素の状態で、青磁は今の今までこの姿を目にした事がないんだし。
「おやまぁ。先日お会いしたばかりの人間をもうお忘れとは」
「えっ!?えええーーー!」
「あのね、青ちゃん。うちの師匠はこっちが本来の姿なの。この間までのあれは変装だから」
「変装!?」
正確には“幻影”を用いた魔術らしいけど、そこら辺の説明は面倒だからカット。
「奥様にお目にかかるのはこれで二度目ですね。魔道具師のネス・ファタールと申します。今日は無理を言って大勢で押し掛け、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
豆鉄砲食らった鳩みたいな表情の青磁はひとまず横に置いといて、グウィネスさんはアルビオナさんと向かい合った。
「生前の父は自分の研究を継ぐ者がいない事をとても残念がっていました。・・・父の遺した資料が誰かのお役に立つのであれば、娘としてとても嬉しく思います」
「奥様の御厚意に感謝いたします」
青磁経由で既に話はつけられているのか、面倒な交渉は一切無しでグウィネスさんはすんなりとセレンディード氏の書斎へ案内されて行き、応接間には私とシグ、それから青磁とアルビオナさんが残った。
「よろしければお二人はファタール様の調べ物が終わるまで、サロンで私達とお茶になさいませんか?良い茶葉が手に入りましたの」
「・・・、ありがとうございます」
「奥方のお気遣いに感謝いたします」
私の微妙な反応のズレに何かを感じたのか、すかさずシグが笑顔でフォローを入れる。
いつものぞんざいな態度や言動を、微塵も感じさせない爽やかさは『誰コレ』的な変貌振り。
アルビオナさんはこの顔面衝撃波をあっさり受け流してたけど(何気にスゴい)、応接間の隅に控えていた若いメイドさんは顔を真っ赤にしてプルプル震えてたし。
それなりの格式のお宅を訪問するとあって今回は全員正装に近い服装で、シグもいつもの砕けた格好じゃなくて小金持ちの若様風のコーディネートなんだけど、成金ぽくならない程度に飾り立てたら『あっ!』と言う間にどこの王子?みたいな最終兵器が出来上がっちゃったんだよねぇ・・・。