乙女も歩けば青磁にあたる
「イェレニス・セレンディードは僕の義父だよ」
その後、グウィネスさんから頼まれてどうにも断り切れず、渋々青磁と繋ぎを取った私が、約二月振りに再会した当人から聞かされた言葉がこれだった。
「はぁぁ!?」
嘘でしょー・・・。
たまたま同姓だというだけで、グウィネスさんのお目当ての人物と青磁は全く無縁の間柄だと思ってたのに。
念の為の確認のつもりが、まさかの関係者ぁぁぁーーーーー!?
十月末のとある午後。
青空市で手仕事屋の営業を終えた後、私はニアさんに教えてもらった穴場のデートスポット・・・じゃなくて、静かな雰囲気のカフェで久々に青磁と顔を合わせていた。
━━━もちろん保護者同伴で。
しかも今回は建国祭の時と同様に、二十代前半の姿に変装したグウィネスさんまで同行している。
なので、目立ち方が半端無い。
周囲の席のお客さんの視線がチラチラチラチラ、鬱陶しいったらありゃしない。
だけど仲良く(?)並んで座るこの二人は、傍目には美男美女のカップルにしか見えないから、さすがにパートナーのいる相手に横槍を入れてくるような図太い神経の持ち主はいない。
「━━━つい先日、氏の著書を目にする機会があってね。聞けばソルフェージュ出身で現在は故郷に戻っているというじゃないか。だけど本人に会ってみたいと思ったところで、伝も何もありゃしないだろ?たまたま同姓のあんたを思い出してハネズに連絡を取ってもらったんだけど、まさか本当に氏の縁者だったなんてねぇ・・・。急に呼びつけるような真似をして悪かったよ」
「いえ、それはいいんです。むしろ僕はハナちゃんに会える口実ができてラッキーでしたから!」
「ブレねえな、お前の親父」
「ははは・・・」
青磁とは今後なるべく関わらないつもりで避けていたのに。
「ですが実は、義父は昨年他界していて━━━。お引き合わせできないのが残念です」
「そうだったのかい・・・。お気の毒に、まだお若かかっただろうに」
「元々あまり身体が丈夫な人じゃなかったようで、冬場に風邪を拗らせてしまって、それで・・・」
私が敢えて今まで尋かずにいた青磁の側の事情が、勝手にポロポロと耳に飛び込んできて、なんとなく気まずい。
知ろうとしなかったのは、知りたくなかったからだ。
だって、勝手に行方知れずになってた青磁の側にも、“やむにやまれぬ事情”とやらがあって、それ相応の言い分があるんだろうとか。
理解してしまったら、つい絆されてしまいそうな自分が怖くて。
ここで私があっさりと青磁を赦してしまったら、お母さんの苦悩の八年間があんまりにも報われなさすぎる。
『どうしようもない事情があったんだから、仕方ないよねー』じゃあ済まされない。
というか、私の気が済まない。
新たに第二の人生のスタートを切ったお母さんは、青磁に対してもう何も心残りは無いだろうし、私ももう必要以上に青磁を恨むつもりはない。
だけど、私とお母さんの灰色の八年間を、“なかった事”に、なんて到底できやしない。
そうやって自分一人が悶々とした気持ちを持て余している間にも、二人の会話はずっと続いてて━━━━、
「これはあたしの勝手なお願いなんだけど・・・。どうにか氏の研究資料を拝見させてもらう事はできないだろうかねぇ」
「それは━━━」
グウィネスさんなら多分そう言うだろうと思った。
でも、それに対しての青磁の返答は、何ともはっきりしないものだった。
「・・・すみません。貴女のその申し出に応える権限が僕にはありません」
そりゃそうだよね。青磁は単なる婿養子で、研究資料とやらの相続に関してはイェレニス・セレンディード氏の実子である、奥さんの方に権利があるはず。
「奥方には魔術の心得が?」
「いえ・・・彼女は、生まれつき魔力を持たない人なので。義父は彼女には魔術に関する事柄には一切関わらせていませんでした。『危険だから』と言って」
「━━“魔力欠乏症”かい」
「はい・・」
この世界で言うところの『魔力』とは『生命力』に等しいものだと、グウィネスさんの魔道学講座で、まず一番最初にそう教わった。
この世の生ける全てのものに宿る“魔力”。
そしてその魔力に己の意思で方向性を与え、事象に変化をもたらす者の事を“魔法使い”と呼ぶのだと。
こちらの世界の人間には大抵、魔力器という目に見えない器官が身の内に備わっていて、この世に生まれ落ちた瞬間から呼吸をするのと同様、ごく自然に周囲の魔力を体内に取り込んで循環させているのだという。
だけど稀に体内に魔力器を持たない人や、あるいはあっても正常に機能しない人も中にはいて、そういった人達はどこかしら身体に不具合を抱えている場合が多いらしい。
症例として一番顕著なのは、免疫力や自然治癒力の弱体化で、怪我や病気に対する抵抗力が極端に低くなるというもの。
おそらく青磁の奥さんもこれに該当しているんじゃないかと思う。
前に見掛けた時はそれほど病人めいた雰囲気はなかったけど、ほっそりとした身体つきの儚げな印象の女性だったように思う。
そしてこの魔力欠乏症の恐ろしいところは、魔力に対する抵抗力がマイナス方面に振り切れている点にある。
魔法を習いたての子供がよくやるような些細な失敗が原因で、自身が大怪我を負う危険性が常につきまとうとあっては、“関わる”どころの話じゃない。
『いのちだいじに』だ。
「いずれにせよ・・・氏が遺した資料に用があるなら、きちんと奥方に話を通さなきゃならないって事だね」
━━━お師匠様の辞書に「諦める」の二文字は無い。
面白そうな事はとことんまで追究して、自分が納得できるまで調べ上げなきゃ気が済まないのがこの人だから。
こうなるともう、私自身も今後青磁と関わりを持つのは避けられそうにない━━━━。
だけど、どうしてもこれだけはハッキリさせておかなきゃならない。
「━━━青ちゃん。奥さんにはどこまで事情を説明したの?」