乙女の安寧はいずこに
私は外から自宅に戻るとすぐに、玄関の扉にチェーンを掛けた。
多分もう自ら進んでこの扉を開ける事はないと思う。
「ふー・・やれやれ。部屋に戻るとほっとするぜ。なぁなぁ、コーヒー淹れてくれよ。うんと濃いめのやつ」
勝手知ったる他人の家、というかすでに自分ちで寛いでる体で、居間の二人掛けソファーの片側をドッカリと占領したシグが注文を出してくる。
「ハイハイ・・」
別にいいけどね?ちょうど私も気分を変えたいと思ってたとこだし。
行儀悪く脚を組んでソファーにふんぞり返ってるシグを横目に見ながら、自分の“小さなお城”のキッチンに向かう。
どちらかというと紅茶党の私は、普段コーヒーを飲む場合にもあまり手を加えたりしないんだけど。
━━━今日はとにかく疲れている。気分的に。
「疲労回復には糖分よね!」
冷蔵庫から生クリームを取り出し、バニラエッセンスと砂糖を入れてホイップ。
それから、本来未成年には御法度なんだけど、お菓子作りには必要不可欠な洋酒も用意。
「ジャジャーン!カフェ・ロワイヤルゥ~~~」
スプーンに乗せた角砂糖に洋酒を垂らして火をつけ、炎が消えたらコーヒーにin!
お好みで生クリームをたっぷりトッピングして出来上がり。
「このコーヒーを美味しく飲むにはコツがあってね、あんまりかき混ぜ過ぎない方がいいの。冷たいクリームと熱いコーヒーの対比が絶妙な味わいなのよー。でも舌を火傷しないように気をつけてね」
「ふーん・・・、あっつっ!」
「言った先からー」
熱いコーヒーで舌を焼いたシグが、子供っぽい仕草で指先で舌をつつきながら眉をハの字にしかめた。
・・・顔が良いってお得よね。
どんな表情しても様になって、ホント憎たらしいったらありゃしない。
「なんだぁ?人の顔をじっと見て・・・って、そうか!ようやく俺に惚れたな?ふっふっふ、そうかそうか!俺は女の胸のサイズには拘らない、心の広い男だぜ?うんうん!」
「死ねば」
見当違いの戯言はともかく、相変わらず一言余計だ。
今回『外』の探索に同行して貰った件では、素直に感謝してもいいと思ってたのに。色々台無し。
この後、私の不機嫌オーラを感じ取ったシグが獣化して媚を売りまくってきたから、仕返しに足腰立たなくなるまでモフってやった。
*
そしてその三日後。
用事を済ませて帰宅したグウィネスさんに、例の別宅での一件を事後報告したら━━━━━。
「なんとまぁ・・・、そんな事になってたのかい。けど無茶をしたねぇハネズ。あたしが空間固定の術式を施したのはあの家の内側のみだから、下手をしたらあんた二度とこっち側に戻れなくなってたかもしれないんだよ」
「えええええーーーーー!!」
全く以て予想だにしていなかったその台詞に、私は頭からザアッと音を立てて血の気が引くのを感じた。
「どっ、どどど・・・どうしよう・・・!?」
「どうしようもこうしようも、とっくに終わった事じゃないか」
「あっ、そ、そうだった・・・!はああああぁ・・・・・よかったあああぁぁ!!」
「これに懲りたら、ウッカリ開けちまった未知の空間に無闇に飛び込むような真似はよすんだね」
「そうします!」
その後も延々と続いたグウィネスさんの説明によると、通常の転移が同一空間上の距離を短縮するだけなのに対して、本来交わる事のない異空間同士を繋げる転移は、より複雑な術式とより多くの魔力が必要となるために扱いが格段に難しく、尚且つ失敗した時の危険度が跳ね上がるのだとか。
私の場合“転移”というか・・・魔法とは全く別物の能力らしいんだけど。
わからない事だらけで、最早不安しかない。
とりあえずの目標は『安全第一』にしとこう。