乙女の賞味期限
窓が開くならば当然玄関の扉も開くわけで━━━。
その後私は、シグをお供に自宅の『外』に出た。
どうしても今、確かめておかなきゃならないと思ったから。
嫌な事は後回しにすればするほど、直面した時のダメージが大きい。
だから、覚悟を決めた。
そしてそこはマンションのベランダから見た通りの光景が広がっていた。
生き物の気配が全くしない、音の消えた世界。
“静寂”っていうのはまさにこの状態の事を指すんじゃないだろうか。
「四角い箱みてーな建物に・・・なんだありゃ、でっかいセミの脱け殻か?あんなもんがそこら中にいんのかお前んとこは」
「セミの脱け殻・・・」
シグが言ってるのって多分自動車の事だよね・・・?。
誰も乗っていない空っぽの車が、マンションの駐車場や道路にズラリと並んでいる光景は、物凄くシュールな眺めだ。
「あれ、乗り物なのよ。本来は中に人が乗って運転するの」
「うん?馬とかが引くんじゃねーのか。動力はどうなってんだ?」
「それは後でね」
ひとっこ一人いない街の風景は、まるでこの世の終わり。
きっとどれだけ走り回って探したところで、生者の姿は一人として見つからないに違いない。
ていうか、動きを止めた蝋人形みたいな人間がそこら辺にいたら、それはそれで余計怖いんだけど。
建物の周辺を一通りぐるりと歩いて見て周り、何もかも予想通りだった事にほんの少しだけ落胆しながら家路を辿ると、しばらく歩いたところでちょうど私の部屋の窓から見える桜並木に辿り着いた。
違和感だらけのこの空間の中で、ここでだけはホッと息がつけるような気がした。
「・・・“サクラ”だったか?近くで見ると結構見応えあるな」
「でしょ?こっちだとお花見の風習とかもあるしね」
「花見?━━━花を眺めてどうすんだ?」
「桜の木の下でお弁当を広げて、花を愛でつつ宴会すんのよ」
「へぇ、そいつぁ良い」
「さすがにここでお花見する気分にはならないけど、ピクニックとかだったらウィネスさんちの近所でもできるんじゃない?」
「ぴくにっく?」
「あぁ、えーと・・。野外で摂る食事のこと、かな。景色の良いところまでお弁当を持って出掛けるの」
「わざわざ食事のためにそこまですんのか?命懸けだな。野っ原でのんびりメシ食ってりゃ獣に襲われんだろーが」
「いのちがけて・・・・・・。いやいや、日本はそこまで危なくないし」
「ふーん。ようは娯楽なんだな?」
「うん、そう」
やっぱりシグは“花より団子”か。
これで口さえ開かなきゃ、桜の精だと名乗っても違和感無いぐらいの容貌なのに。
こんな味気ない白の単なんかじゃなくて、色鮮やかな柄物を着せて髪を結って━━━━━・・って、想像しただけでも血が滾る。
「・・・どうしよう、着物が縫いたくなってきた!あああ~・・でも布地が・・・!でも着物はやっぱり和柄じゃないと雰囲気が~~~」
「“キモノ”ってなんだ?」
「今シグが着てるようなやつよ。日本の民族衣装なんだけど、現代は晴れ着として着るぐらいで、普段から着物姿で過ごす人はあんまりいなかったな」
動き難いし、何より着物といったら高価で、普段着というイメージじゃなかった。
「いいよな、キモノ!俺にもう一枚縫ってくれよ。獣化するとき脱ぐのがラクなんだよなー」
「脱ぐのが前提なの」
ちなみにシグの着付けは毎回デタラメで、浴衣をガウンみたいに羽織って腰の辺りを適当に紐で括ってるだけ。
男物は女物と違って面倒なおはしょりも無しだから、とりあえず何とか見られる程度には着こなしてる。
「縫うのはいいけど、きちんと対価は貰うわよ。それと!今後また私の作品を破いたら、もう金輪際シグに服は縫わないから」
「わかったってばよー」
「じゃ、戻ろっか」
「━━━気が済んだのか?」
「うん」
ありもしない希望にしがみついてメソメソ時間を無駄に浪費するぐらいなら、手っ取り早く自分自身の手でとどめを刺してしまおう。
乙女の時間は無限じゃない。
いつまでもウジウジメソメソしていたら、あっという間にお婆ちゃんになって、婚期を逃しちゃいそうだもんね。
“幸せは歩いて来ない~♪”ってなんか大昔の歌にあった気もするし。
こうなったら自ら猛ダッシュで追い上げるしかないじゃない?
待ってなさいよ、私の幸せな平凡ライフ。