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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女が知る絶望と安堵

翌朝、グウィネスさんは『ちょっと調べ物をしてくる』とだけ言い置いて、そのまま何処かへ出掛けて行き、家には私とシグの二人だけになった。


これまでにもこういう事は何度かあったし、特にこれといって不自由も無いから、普段通り過ごすだけなんだけど。

グウィネスさんの“ちょっと”は半日”の事もあれば数日かかる事もあるから、帰りがいつになるかわからないのが難点だ。


昨日からずっと獣姿のままのシグは、本物の山猫よろしく庭の日向にダラリと寝そべって、ときどき身体に止まる虫やハチ鳥を煩そうに尻尾で追い払っている。

━━━なんとも長閑な光景。

あれはもう怪我が治るまで食っちゃ寝して、何もする気が無いと見た。


ただ人型に戻ったところで、家の中の事に関しては普段からこれっぽっちも役に立っていないから、これはこれで全く問題無し。

むしろイラッとする言動がなくなる分、私の精神衛生上良いかもしれない。


いつものブランチの時間にはまだ間がある微妙な時間帯。

取り立て大急ぎでやる用事もない私は、いつものように私室に向かう。


グウィネスさんの仕事の手伝いや家事をする以外の空き時間は、大抵『別宅』にこもって物作りに励むのが常だけど、たまに没頭しすぎて時間を忘れるから注意が必要だ。


━━━でも今回私が『別宅』にこもる理由は、手仕事屋の作業とはまた別の目的のため。

本当は昨日のうちに確かめようとして、勇気が足らずに踏み切れなかった事があるからだ。



いつものように私室のクローゼット経由で見慣れた1LDKのお城に足を踏み入れる。


若い娘の独り暮らしにしては年季の入った家具が多いのは、それまでお母さんと暮らしていた2LDKの賃貸で使っていた物をそのまま押し込んだから。


さすがに全部は持ち込めなかったけど、取り敢えず自分の部屋の物とお気に入りだったリビングのソファーセットは最優先で運び込んだ。


私の自宅いえは五階建てビルの三階にあって、リビングの窓からそこそこ都会な街並みが見渡せる。

そしてビルの敷地内には桜の木が何本も植えられていて、ベランダに出るとお花見に丁度良い感じだったりするのだ。



━━━私はベランダに繋がる窓にそっと手をかける。


これまで何度も試したけど、この自宅の窓や扉は一度たりとも一ミリも開かなかった。

まるで壁に描かれた偽物フェイクであるかのように、微動だにしなかったのだ。


━━━でも、今の自分ならもしかして・・・。


そんな風に勝手に期待して、予想が裏切られるのが怖くて、どうしてもすぐには確かめられなかった。


もしこの『扉』が開いたら、いったいどうなるんだろう。


全てが巻き戻って、あの日に還れたりはしないだろうか。

・・・それとも、私自身が不在のまま時間を刻んだあの世界に、繋がっていたりはしないだろうか。



私は窓にかけた手に力をこめる。






硝子窓がカラリと音を立てて、呆気なく開く。








━━━━そして、そこには絶望だけがあった。


麗らかな日差しも、花曇りの空も、薄紅の花弁を運ぶ穏やかな風さえ、━━━おそらくはあの瞬間ときのまま。


ただ、()()には生命の息吹を感じさせるものが、何一つとして存在していなかった。



人の姿も、鳥の羽ばたきも、━━━行き交う車の音さえも。

あれだけ雑多な音で溢れ、騒音に満ちた世界だというのに、なにひとつ。



「・・・なんにも、聴こえない」



何もかもが死に絶えたような静寂。


こんな・・・こんなのって、あんまりだ━━━━。


元の世界では死んだも同然の身で、帰還する手立ても無くて、どうにか自力で生きなきゃって・・・。

でも心の底ではやっぱり日本に帰りたいと思ってた。

━━━でもそれは、こんな誰もいない世界なんかじゃない!


心臓をギュッと握り潰されたような心地がして身体がふらつき、慌ててベランダに寄り掛かろうと手を伸ばし━━━━たところで、私の身体は前屈みの状態で静止した。



何故なら、人化したシグの腕によって背後から私の身体が抱き止められていたから。




「シ、グルーン・・・」



「よぅ」







頼むから・・・、全裸はやめて━━━━━。

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