「またな!」
「ツタンカーメン様の父親って、やっぱりアクエンアテン様だったんですか?」
一人だけ事情を知らなくて話についていけていないカルブが、とりあえず空気を換えようと、無理に明るい声を出した。
「そういえばアクエンアテン様って、亡くなる前に、自分はアテン神だっておっしゃっていたみたいですね」
先王が大蛇アポピスの胃袋の中で今も苦しんでいるのをカルブは知らない。
ツタンカーメンが悲しい思いをしてきたことも、カルブは知らない。
カルブはポンと手を打った。
ポンと、とても軽く。
「ハハハッ。それじゃツタンカアテンって名前は、とーちゃんそっくりって意味なわけですか。アハハハハッ、傑作だっ。あれ? でも、ツタンカーメン様は母親似だって聞きましたよ?」
カルブが与えた衝撃に、カルブ本人は全く気づいていなかった。
「あ…………うん…………あ…………ああ………………」
ベケトアテンは神に仕える巫女だった。
巫女とは神の妻である。
その神の妻が、ファラオとはいえ人間の男と関係を持ったなどと知られれば、生まれ来る子供にまでも世間からの冷たい視線がそそがれかねない。
そうなればツタンカーメンの生まれつき不自由な足は、神の怒りと見られてしまう。
だけどツタンカーメンが、もともと足のないアテン神の子であるならば、この足はアテン神からの遺伝だと言い張れる。
『この子は私の息子』
それはツタンカーメンから、神の写し身として崇められる未来を取り上げ、不義で生まれた不具の子に貶める呪いの言葉。
幼いツタンカーメンに教えれば、どこかで他人にしゃべってしまうかもしれない危険な言葉。
だからアクエンアテンは言ったのだ。
『この子は神の子』と。
だけどアクエンアテンは言っていたのだ。
『私こそ神』と。
父親だって、ちゃんと言っていたのだ。
ツタンカーメンがアテン神から飛び降りた。
着地の際に地面にひざを突き、うつむいたような姿勢になった。
「ツタンカーメン様? オレ、何かマズイこと言っちゃいました?」
答えず、ファラオはスッと立ち上がった。
「ツタンカーメン様? 何で抱きつくんですか?」
「やっぱりカルブは最高だぜ!!」
ツタンカーメンは浮遊してアテン神の背中に戻った。
神殿が再び光を放った。
「行こう! アテン神!」
「うん! 今のつーたんならアクエンアテン君を助けられるよ!」
アテン神が浮き上がる。
触手に絡め取られた信者達が、輝く笑顔を振りまきながらクルクル回る。
カルブだけ、わけがわからず、ぽかんと口を開けている。
「じゃあなカルブ! またな!」
「はい! また!」
弾かれたように『また』と答えたカルブを残し、アテン=つーたんは、高く、高く、朝もやの向こうへと飛び去っていった。




