「干しブドウが入ったパン!」
二人が一息ついている間にも、アテン神は縮んでいく。
ツタンカーメンとカルブの、動けなくなるほどに膨らんだ腹がペコッと引っ込み、食事の前のようにぐううううっと鳴り出した。
「二週目、行きます! 干しブドウが入ったパン!」
「来い! 干しブドウが入ったパン!」
ガツガツむしゃむしゃ、アテン神に霊力を送る。
蚊が霊力を吸って膨らんで、蚊と蚊の間の空間が埋まって、二匹がくっついて一匹になる。
それがさらに膨らんでくっついて、数を減らしながら大きくなって、だんだんと人間の姿になっていく。
ツタンカーメンの心臓の霊力を奪ったハシャラ。
老婆ハシャラの魂は、天寿を全うしたあともアケトアテンに留まり続け、廃墟にふらりと帰ってきたスメンカーラーを守っていた。
何年かしてファラオが死に、アテン神とアメン神が争っていると聞きつけてテーベまで様子を見に行ったが、テーベへの道のりは遠く、ハシャラがそこに着いた時には神々はすでに仲直りしていた。
アテン神に、もっと闘ってほしかった。
アメン神が屈するまで。
だけどそれを望むのは、他ならぬアテン神の教義に反する。
ハシャラは悩み、悶え、誰も居ない砂漠で暴れた。
よれよれになってアケトアテンに戻ってみると、スメンカーラーは死んでいた。
「行きます! ソラマメの煮物!」
「来い! ソラマメの煮物!」
カルブのミイラ工房に遺体を託されている、病死した中年貴族のホッマは、アケトアテンに住んでいた頃、パンの研究に明け暮れていた。
アケトアテンを離れたあとは、パンの安定した発酵技術でさらに裕福になった。
だけど心は満たされなかった。
周囲の顔色をうかがい、他の神を崇めるフリをどれだけ続けても、心はアケトアテンに置き去りで、安らぐのはアテン神を想う時だけ。
先王アクエンアテンが語った神は、ホッマの性格に合っていた。
慈悲深くあれという教えを、なかなか実行できない自分にさえ慈悲をかけてくれる。
駄目な自分を許してくれる。
だからこそ自分も他人を許そうと思える。
そんな素晴らしい神なのに、讃えてくれない人のことが、いつしか許せなくなっていた。
「行きます! ビール!」
「来い! ビール!」
蚊柱がどんどん人に戻っていく。
十人……二十人……
それぞれに事情を、想いを、抱えた人々……
「行きます! 水鳥のソテー!」
「来い! 水鳥のソテー!」
幽霊達は触手にしがみついたままフワフワとたゆたっていたが、自分が人の形に戻っていると気づいた途端、畏れるようにアテン神から離れ始めた。
ずっと求めていた存在を目の前にして、彼らは気づいてしまったのだ。
自分達の行いが、この神の信者として、ふさわしいものではなかったことに。
「行きます! レモンが入った発酵乳!」
「来い! レモンが入った発酵乳!」
アテン神の触手が幽霊達の手を優しく握る。
神はゆっくりと回転をしながら、太陽そのものの笑顔を全方向に振りまいた。




