「「いただきます!!」」
階段の下でアテン神が眩くも優しい光を放つ。
祭壇の前から見下ろして、カルブは今さらながらに息を呑んだ。
ふざけた振る舞いをしていても、アテン神は確かに神なのだ。
けれど蚊柱は敬う様子も見せず、バッと広がってアテン=つーたんを取り囲んだ。
『何だコレは』
『偽りの神か』
『力を奪え』
『奪った力を我らがアテン神に捧げよ』
彼らはアテン神を求めながら死んだ。
その想いが強すぎてそのまま凝固して“求めている自分”が自分の全てになってしまって“めぐりあえた自分”のイメージが自分の中に無い。
ツタンカーメンが憂いに満ちた視線を送る。
アテン神は慈悲なる光を全開にして、信者達を抱きしめようと触手を広げるが……
その触手に蚊柱が攻撃を仕かける。
蚊柱が、全ての触手にびっちりと留まった。
蚊柱状の霊魂の群れが吸い取るのは、血ではなく霊力。
「あうっ」
アテン神がうめいた。
予想していたとはいえダメージは大きい。
連動して頭上のツタンカーメンも顔をしかめた。
触手だけでなく太陽円盤本体も、蚊柱に覆われて真っ黒に塗りつぶされる。
それでも大量の蚊があぶれ、仲間を押しのけようとして、仲間同士で争いになる。
霊力を失い、アテン神がしぼみ始めて、留まる場所をなくした蚊が、留まり続けている蚊に体当たりをする。
ただ、発光していないツタンカーメンの存在には、蚊柱達は気づいていない。
「カルブ!」
ツタンカーメンが祭壇に合図を送る。
「準備オッケーです!」
カルブは祭壇を埋め尽くす供物に手を伸ばした。
まずはパン。
エジプト人はパンが大好きだ。
もともとは女神ハトホルに捧げられたものであるパンを、カルブはうやうやしく掲げ持った。
「行きます! 太陽をかたどった丸いパン!」
「来い! 太陽をかたどった丸いパン!」
ツタンカーメンの手の中に、パンの霊体が転移する。
「「いただきます!!」」
生きる者と死した者。
心臓を共有する二人が、物質と霊体を、息をそろえてガツガツ食べる。
カルブが普段食べているパンよりも上質な小麦で、ハーブの香りが効いている。
アテン=つーたんはただのおんぶではなく魂で繋がっている。
ツタンカーメンの胃袋を通じ、パンの霊力がアテン神に送られて、一度はしぼんだ太陽円盤が、張りとふくらみを取り戻した。
蚊柱の群が戸惑いを見せた。
「いいぞカルブ! 次だ!」
「はい! ええっと……」
エジプト全土からナイル川を伝って運ばれてきた、さまざまなごちそうの山の中から、ペースを考え、野菜を選ぶ。
「行きます! レタスの塩もみ!」
「来い! レタスの塩もみ!」
一気に口の中に放り込む。
一見、素朴な料理だが、レタスはセト神やミン神などさまざまな神にゆかりがあるため、膨大な霊力がアテン神に流れ込む。
例えるならラッパのような音を響かせ、太陽円盤から新しい触手がふぁふぁふぁふぁっと生えてきた。




