「アテンつーたん」
王家の谷のどの墓も、盗掘を防ぐために入り口を巧妙に隠されてはいるのだが、ツタンカーメンの心臓の霊体に触れていたハシャラには、ツタンカーメンのミイラのありかがバレている。
アヌビス神の手から逃れたハシャラの魂を先頭にして、夕日の射す谷を滑るように移動しながら、蚊柱が羽音を声にして口々に叫ぶ。
『王のミイラの首を引き抜け!』
『王のミイラの手足を胴体から外せ!』
『引き抜いた手足を、頭に直接、植えつけろ!』
『アテン神の姿に!』
『アテン神の姿に!』
ミイラは魂にとって最高のベッド。
ミイラに戻って休むことができなくなると、魂は憔悴し、やがては消滅の恐れすらある。
ミイラを傷つけるのも、心臓の霊体を奪うのも、ただツタンカーメンを苦しめるだけで、蚊柱達の望みを叶えることには繋がらない。
それでも蚊柱達はそれによってツタンカーメンがアテン神になってくれると信じ込んでいる。
ツタンカーメンの王墓を覆っていた土砂の山が、蚊柱の体当たりによって吹き散らされる。
砂ぼこりが収まると……
王墓の戸口に、全身を包帯で包み、黄金のマスクをかぶったカルブが立ち塞がっていた。
カルブである。
けれど蚊柱はそれと気づかない。
カルブが走り、蚊柱がそれを追いかける。
足音と羽音が遠くに消えるのを待って、物陰からプタハ神とネフェルテム神が出てきて、王墓の入り口を閉め直した。
「パパがその気になれば蚊柱なんて一ひねりなのに」
「それでは意味がないのですよ。今はあのかた達の手並みを見守りましょう」
カルブは王家の谷を走り抜け、途中で何度か転びそうになったが何とか持ち直し、葬祭殿に駆け込んだ。
ツタンカーメンの先祖のハトシェプストが、希代の建築家センムトに命じて造らせた、巨大で壮麗な神殿。
連なる篝火と、ずらりと並んだ柱の一本一本に彫り上げられたアメン神の像の間を潜り抜ける。
右にあるアヌビス神のお堂を横目に、正面の女神ハトホルの祭壇への階段を駆け上がり、供物の山の前でひざまずいて息を整える。
待ち構えていたツタンカーメンとアテン神がうなずいた。
ここには生きている人間はカルブしか居ない。
信者が来るような時間ではないのはもちろん、神官も、見張りの兵士すら居ない。
女神ハトホルの力で、祭壇からは離れた寝所でぐっすりと眠っているから。
神殿に奉られた神々は、アテン神達を見守りながら、敢えて手は出さないでいる。
アテン神に、それにツタンカーメンとカルブに任せてくれているのだ。
「行くぞ! アテン神!」
「おいで! つーたん!」
ツタンカーメンと初めて会った時のプタハ神は、ソカル神と合体してプタハ・ソカル神になっていた。
天空の戦いで眺めたアメン・ラー神は、アメン神とラー神が合体した姿だ。
エジプトの神は合体する。
そして……
死した王は神となる!
アテン神が触手を広げる。
ツタンカーメンが飛び込んでいく。
「「融合! 合体! アテン=つーたん!!」」
ツタンカーメンとアテン神。
二人の姿が光に包まれ、二つの影が一つになった。
「どうだ? カルブ!」
「ツタンカーメン様がアテン神におんぶされてるようにしか見えません!」
「実際にそうだからな!」
「何でツタンカアテンじゃないんですかっ?」
「気分だ!」
「そんなんで本当に蚊柱は満足するんですか!?」
「させるんだよ、おれ達三人で!!」
蚊柱が神聖な葬祭殿に入り込んでくる。
アテン=つーたんが蚊柱の前へフワリと舞い降りる。
カルブも気合を入れ直し、供物の祭壇に向き直った。




