表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/83

「おれとの約束」

 カルブはとっさに腕で頭部を覆ったが意味はなかった。

 蚊柱は腕にまとわりつき、腕の隙間から顔へ、叫ぼうとした口へと押し入る。

 吐き出そうとして口を開ければ、そこからさらに押し入ってくる。

 耳の穴は羽音に埋め尽くされ、鼻の穴からも呼吸に乗って無遠慮になだれ込み、サンダルの上の足の指の一本一本まで蚊柱に捕らわれる。

 蚊柱が吸い取っているのは、犠牲者の血液ではなく、生命力カー

(魂が……! 肉体から引き剥がされる……!?)

 カルブの意識が遠のいていく。

 女神も兵士達もピクリとも動かない。

 呼吸が止まる。

 心臓も……






 まぶしい。

 もう朝なのか?

 仰向けに倒れたカルブの目の前に、別れてから一日も忘れられなかった顔があった。

「ツタン……カーメン……様……?」

 差し伸べたカルブの手は、半透明だった。

 肉も骨も置き去りにした霊体カー

「ああ……オレ……ツタンカーメン様に触れられる……」

「喜ぶなバカ!!」

 カルブの右手を、ツタンカーメンの左手がガシッと掴んだ。


「まだやることがいっぱいあンだろうがバカ!! その年で死ぬんじゃねェよバカ!!」

 ファラオが必死の形相で、同い年で身分違いの親友の霊体カーを肉体の中に押し戻す。

 それでも魂は肉体から離れようとし続ける。

 自然と浮き上がった左手を、今度はツタンカーメンの右手が掴む。


「叶える夢があるんだろ!? おれとの約束、忘れてんじゃねーよ!!」

 浮き上がる左膝をファラオの右脚で押さえ、右膝に左脚を絡める。

 カルブにはこれが夢なのか現実なのかもわからず、ツタンカーメンの叫びを、どこか遠くの歌声のようにフワフワした気持ちで聞いていた。


「世界一のミイラ職人になるって約束したじゃねーか!! だったら生きてなくちゃダメだろ!? ミイラ職人の手はみんなの悲しみを癒す手だ!! その手を持つおまえがおれを悲しませるんじゃねエ!! 出るな出るな来るな!! 戻れ戻れ戻れエエエエエエッ!!」

 両手両足を取られて、それでも浮き上がる頭部に額を当てて押し返す。

 ヘッドバット! ヘッドバット! ヘッドバット!

 二人のひたいから星が散る。

 比喩でなく、霊体カー霊体カーがぶつかって、生命力が光を放つ。

 光が爆発し、二人は同時に気を失った。




 やわらかなシーツの中で目が覚めて、カルブは隣に誰かの気配を感じた。

 ああ、あのイタズラ者の幽霊だ。

 またオレをからかおうとしてるんだ。

 まったく困ったおかただ。

 久しぶりだし思い切り驚いたフリをしてやろう。

 カルブはそっと目を開けた。

 目の前にアテン神の顔があった。

「ギャーーーーーーーーー!!」

 カルブは本気で悲鳴を上げて、アテン神をベッドから蹴り出した。


「ぎゃう!!」

 ファラオのうめきは、アテン神の下から聞こえた。

 アテン神を真ん中にはさんで、未来風に言えば川の字になって寝ていたのが、一緒に落っこちてしまったのだ。


「何で!?」

「何が?」

「何もかも!!」

「んー?」

 ツタンカーメンは眠そうに目をこする。


「カルブ君、まず何について一番訊きたい?」

 神の言葉に、カルブは王の顔を改めて見つめ……

「お元気でしたか?」

「おう。死んでるとは思えないぐらい元気だぞ」


 窓の外で鳥が鳴いた。

 ここはナイル川のすぐ近く、ミイラ作りや墓所の建設に関わる職人の集落の片隅にたたずむ、カルブの宿舎の中だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ