「昔の名前」
蚊柱が人の声を発した。
『ハシャラはどこだ?』
『ハシャはまだか?』
『ハシャラはもうすぐ』
『もうすぐ我らの悲願が叶う』
老若男女、入り混じり、いずれの声もおどろおどろしく響く。
おそらくホッマの声もその中にあるのだろう。
蚊柱は、ホッマの遺体から出てきたものがホッマの体積と同じだとして、ホッマ数十人分に膨れ上がっていた。
『答えよバケモノめ』
『醜悪なるバケモノめ』
『神を騙るニセモノめ』
蚊柱が女神メレトセゲルを締め上げる。
(いやいやいや、そりゃ頭がコブラってのはアレだけど、物静かで慎み深い女神様だって聞いてるぞ)
カルブは混乱しつつ岩陰から成り行きを覗き見る。
『ツタンカアテンの墓はどこだ?』
『ツタンカアテンの墓の場所を教えよ』
(ツタンカーメン様の昔の名前!? こいつら何者なんだ!? 何をする気なんだ!?)
女神が苦しげにうめく。
倒れたままの兵士達は、生きているのかどうかもわからない。
カルブは足もとの小石を拾い、蚊柱に投げつけた。
『誰だ?』
『誰だ?』
『誰か居るぞ』
蚊柱が女神を放り出してカルブに寄ってくる。
カルブは腰に下げた小袋から魔除けのニンニクを掴み取り、蚊柱をじゅうぶんに引きつけてから振りまいた。
けれど……
(効かない!?)
蚊柱がカルブを取り囲む。
『死人のニオイだ!』
『生きているのに死人のニオイだ!』
「っ! これは、ミイラ作りの際の……」
『我らも知らぬバケモノか?』
『我らを超えるバケモノか?』
「違……っ!」
『憑り込もう!!』
『憑り込もう!!』
「!?!?!?」
蚊柱がカルブに襲いかかり、一瞬で全身を包み込んだ。




