「スメさん」
歌声が聞こえてきた。
アクエンアテンが作った、アテン神を称える歌。
アテン神体操とは別の、もっとしっとりした曲調。
アクエンアテンよりもずっとハイトーンの、女声のようにも聞こえる男声。
その人は、もはやここが何をする場所だったのかも思い出せない瓦礫の上で歌っていた。
「……スメさん?」
ツタンカーメンがおずおずと呼びかける。
「だぁれ?」
細面の、いかにも繊細そうな顔が振り返る。
古代エジプトでは男性の服装は基本的には亜麻の腰布一枚とされているが、ツタンカーメンの墓所には色鮮やかなチュニックが納められていたし、壁画の廷臣達は袖のある白いシャツを身に着けていた。
だから男が胸の隠れる服を着ていても何らおかしくはないのだが……
「おれだよ。つーたん」
「ツタンカアテン?」
「ツタンカアメンだよ」
「そういえばそうだったわね」
女性のようなしゃべり方。
「久しぶり。大きくなったわネ」
アクエンアテンの側近中の側近、スメンカーラーは優美に微笑んだ。
「あなたが行方不明になって十年になります」
「もうそんなに?」
「みんなずっとスメさんのこと捜してたんですよ」
「ほっといていいって言ったのに。もしかしてお墓も作っちゃった?」
「……うん……」
「おバカさん。いらないって言ったのに」
「スメさんのための副葬品、遺体が見つからなくて葬式ができなくて、ずっと倉庫にしまってたの、おれがもらっちゃった」
「あらあら、あなたの方が先に死んじゃったっていうの?」
クスクスと、可憐に笑う。
「今度は幽霊ごっこ? 相変わらずねエ。お風呂場でカバさんごっこをしたり、花園でハチさんごっこをしたり。そうそう、あなた、ちょっと大きくなってからはミイラ職人ごっこがお気に入りになったのよネ。付き合うの大変だったわァ。縁起が悪いからやめろって、乳母のマヤにアタシまで怒られたりしてね」
「ごっこじゃなくて、おれ、本当に幽霊なんですよ。スメさんも……自分が死んでるの、気づいてます?」
「幽霊なんているわけないわよ。神様も、ね。そんなもの存在しないの」
かつてのスメンカーラーは、とても熱心にアテン神を崇拝していた。
エジプトの神々のほとんどは性別がはっきりしており、永遠の神のヘフとヘヘトや闇の神のケクとケケトのような男女ペアの神も多いのだが、アテン神には性別がない。
だからスメンカーラーは、アテン神に身も心も捧げている証として自らの性別を捨てた……と、言っていた。
だけどツタンカーメンは思う。
スメンカーラーにはもともと両方の性別があって、だからこそ、それを認めるアテン神に入れ込んだのではないか、と。
アクエンアテンが病死し、アクエンアテンが突き進めてきた宗教改革をその息子が覆し……
スメンカーラーは『神などいない』と叫びながら砂漠に消えた。
「さっきの声って、スメさんのだったの?」
「どの声?」
「母上の名前が馬鹿にされないとかって」
「そうかもしれないし、違うかもしれないわね。この町には、いろんな声が染みついてるから」
スメンカーラーはふっと遠くを見た。
「つーたん、今、いくつ?」
「十八」
「じゃあそろそろ話さないと……アクエンアテン様が亡くなる直前、そういう約束をしていたのよね……
ねえ、つーたん。聴きたい? あなたのお父様とお母様の馴れ初めの物語」
スメンカーラーは謎の多い人物で、男性だった、女性だった、男装していた、女装していた、ツタンカーメンの叔父だった、義母だった、など様々な説があります。
ツタンカーメンの副葬品の中には、もともとはスメンカーラーのために作られて名前を書き換えて流用した物がいくつも含まれていますが、その理由は謎とされています。




