「アクエンアテン」
ツタンカーメンは今、最悪の事態を迎えようとしていた。
九歳で即位し、小さな肩に負わされた重圧。
立ち乗り馬車から投げ出され、傷口からの感染症で、わずか十八年で終わった人生。
死後の世界での冒険。
邪神との対峙。
永遠の楽園を目の前にして、謎の存在の襲撃を受け、河に落とされ、地獄まで流され、大蛇アポピスに丸呑みにされてここに居ること。
その全てを並べても、なお最悪と呼べる事態が少年王に襲いかかる。
アポピスの胃袋の中で、太陽のようにまばゆく輝く男。
先王アクエンアテン。
その光源こそが“最悪”だった。
最悪という概念が具現化したような、最悪そのもの。
光は先王の、ツタンカーメンの父親の、股間から発せられていた。
良く見ると光っているのは腰布で、決して股間が発光しているわけではなかった。
アクエンアテンの腰布の中央に、太陽神アテンの姿が刺繍されている。
白い亜麻布に、赤く染めた麻の糸。
アテン神の絵が体の中央のラインに来るように腰布を巻いていて、結果、アテン神の顔がアクエンアテンの股間に重なっているのだ。
光っているのはアテン神の絵であって、断じて肉体の股間部分が光っているのではない。
「か弱きラム肉よ、何をそんなに怯えている？」
「えーと、その……」
気まずいっ！
変態だと思ってしまったなんてっ！
実の父親をっ！
「ラム肉よ、闇が怖いのか？」
「あ……ハイ」
そういうことにしておく。
アクエンアテンは腰布の他にはサンダルぐらいしか身に着けていなかった。
金も、宝石も。
木の護符すらない。
力があるのは腰布だけだ。
ツタンカーメンの記憶にその顔が残っていなければ、かつてのファラオだとは、誰も、とても、思わないであろう身なりだった。
もっともツタンカーメンの防護服もまた、ファラオどころか地球人にすら見えないような格好なのだが。
「アテン神体操ーーー！！」
先王がいきなり叫んだ。
ツタンカーメンはビクッと体を震わせた。
「ラム肉よ！ 汝に！ 光の！ 教えを！ 授けよう！」
父の口調はやけにリズミカルだった。
「一、二、三、アテン！」
左右の腕を交互に振り上げる。
どうやら健康に良い運動のようだ。
「さあ！ ラム肉よ！ 汝も！ ともに！！ 一！ 二！ 三！ アテン！！」
「う……一、二、三、アテン……」
しりもちをついた姿勢のまま、重たい防護服の腕だけ動かす。
「声が小さい！ 一！！ 二！！ 三！！ アテンッ！！」
「一っ！ 二っ！ 三っ！ アテンっ！！」
「いいぞぉ、ラム肉！ 次は足だ！ 無理のない範囲でな！ 一！！ 二！！ 三！！ アテンッ！！」
「一っ！ 二っ！ 三っ！ アテンっ！！」
座ったまま足をジタバタさせる。
「日の出のポーーーズ！！ 一！！ 二！！ 三！！ アテンッ！！」
両手を少しずつ上に、上に、上に。
「一っ！ 二っ！ 三っ！ アテンっ！！」
両手を少しずつ上に、上に、上に。
「天を渡る太陽のポーーーズ！！ 一！！ 二！！ 三！！ アテンッ！！」
腕を、大きく、ゆっくり、回す。
「一っ！ 二っ！ 三っ！ アテンっ！！」
腕を、大きく、ゆっくり、回す。
「明日に向けての祈りのポーーーズ！！ 一！！ 二！！ 三！！ アテンッ！！」
肘を曲げて掌を前に向ける、伝統的な礼拝の形から、その腕を開き、閉じる、開き、閉じる。
「一っ！ 二っ！ 三っ！ アテンっ！！」
肘を曲げて掌を前に向ける、伝統的な礼拝の形から、その腕を開き、閉じる、開き、閉じる。
「真実をーーーーーッ！！ 語る者ーーーーーッ！！」
「真実をーーーーーっ！！ 語る者ーーーーーっ！！」
死者の書の決まり文句。
古代エジプトでは『真実を語る者』という言葉は、勝者や善人を意味する。
生前の自分を人間同士の見栄のためのウソで飾り立てていても、死後の世界では神に全て見破られてしまうからだ。
両手両足を思い切り伸ばして、最後のポーズを決めると、ツタンカーメンの防護服の股間が輝き始めた。
「うげえええええーっ！？」
「おお！ 筋が良いな、ラム筋肉！ アテンの加護は汝に宿れり！」
「いやいやいやいや！ これって、どうやって消すのさ！？」
「ハッハッハ！ そう驚くな、ラム筋肉よ！ すぐに慣れる！」
「こんなのに慣れたらオシマイでしょう！？ 人として！！」
マズイマズイマズイ。
もうすぐ幼神ネフェルテムが迎えに来るのに、こんなの見せるのはマズイ。
ツタンカーメンは股間を押さえてうずくまったが、いくら手で押さえても、あふれる光は止められなかった。
フィクションです。
本物のアクエンアテンさまはポエマーだったそうです。
