「迷えるラム肉」
「迷えるラム肉よ! 我が光の教えにて救ってしんぜよう!」
男の声にあふれる神々しさ。
それ以上に強く感じる懐かしさに、ツタンカーメンの目が潤んだ。
悪霊はあっという間に逃げ去って、ツタンカーメンと光る男の二人きりになる。
「ああ、哀れなラム肉達よ。何故に正しき光を拒むのか」
悲しげな声。
けれど自信は、信念は、少しも揺らいでいない。
「……あなたは……まさか……」
ツタンカーメンはこの男を知っていた。
幼い頃の記憶の中で。
(ダメだ……まぶしくて見えない……)
ブヨブヨの足もとを踏みしめて、男の足音が近づいてくる。
「逃げぬのはお前だけだな、面妖なるラム肉よ」
「面妖?」
確かに今のツタンカーメンは、時代的にありえない、防護服なんていう面妖なものを着込んでいる。
「異国の者か? 人ならぬ化け物か?」
「……おれは……」
「お前が何者でも構わない。慈悲の陽光は、全ての生命を等しく照らす」
「……あなたは……あ……あ……」
ツタンカーメンはおずおずと、ひさしにしていた指を開いた。
光の主の、細面の顔。
差し伸べられた手を見つめる。
「我が名はアテン! 太陽神アテンである!」
「違う! あんたは……!」
本物のアテン神は、人間とはかけ離れた姿をしている。
輝く円盤の頭部に、無数の光線の触手。
ツタンカーメンとはすっかり顔なじみの神だ。
けれど目の前の男は、顔も手も光ってはいない。
「あんたは神様じゃない!」
それは悲痛な叫びだった。
人の身でありながら神を、それも、よりにもよってアテン神を名乗る男。
思い当たるのは一人だけだ。
「あんたの名前はアクエンアテンだ!!」
ツタンカーメンは自分の目を守るのをやめ、その男を睨めつけた。
「あんたは、おれの前のファラオで!! おれの……おれの…………」
幼い頃に死に別れた、実の父親。
しかし純潔であるべき巫女に生ませた王子を実子と認めず、ツタンカーメンをあくまで養子として跡取りにした。
本当のことを、最期まで、ツタンカーメンに伝えなかった……
涙がにじむのはまぶしいからで、悲しいからではない。
自分にそう言い聞かせる。
「あんたはただの狂信者だ!! アテン神本人のわけが……な……」
その訴えは、ツタンカーメンが男の光源を確認したことで途絶えた。
男はアテン神ではない。
アテン神のように頭や腕が光っているわけではない。
光源は、股間だった。
股間。
「ぴょえええええええええええええっ!?」
なぜ? どうして? 他の場所じゃダメなのか?
考える暇もなく、ただ叫ぶ。
こんなの悪霊じゃなくても逃げる。
アクエンアテンの股間の光が、ツタンカーメンの瞳を直撃した。




