「否定告白の儀式」
「通られよ。汝は清浄なり」
二十一の塔門の女神の、最後の一人が厳かに告げて、警衛神が道を開けた。
いよいよ長い旅の終着点。
壮麗な社殿の長い廊下を進んだ先で、広大な広間がツタンカーメン王と付き添いのプタハ神を待ち受ける。
今まで通ってきた冥界の空が薄暗かったように、社殿の中もまた暗く、ところどころでランプが燃えている。
戸口から広間の様子をうかがうと、ズラリと居並ぶ神々の間から、しわがれた声が漏れ聞こえてきた。
「祝えり祈れり、始祖の都より足を伸ばして出で来たる神よ! ワタクシは不正を行ったことはございませぬ!」
広間では、サルワの『否定告白』の儀式が行われている最中なのだ。
「祝えり祈れり、創造の都より出で来たる、聖なる呼吸の神よ! ワタクシは暴力を振るったことはございませぬ!」
エジプト王国の四十二の州を代表して集まった、四十二名の神。
それぞれの神が、一人につき一つずつ禁じる、四十二の罪。
サルワは一人一人の神の前に順番に立ち、自分は生前その罪を犯していないと、一つずつ宣言していく。
それはとても厳粛で、とても時間のかかる儀式だった。
「祝えり祈れり、ナイル川の源流の地より出で来たる神よ! ワタクシは盗みを行ったことはございませぬ!」
一つ宣言し、すぐに次の神のもとへ移動する。
「祝えり祈れり、レースタウの地より出で来たる、ネハ・ハァウ神よ! ワタクシは人を殺したことはございませぬ!」
これらの宣言がもしも偽りだったなら、あとでまとめて暴かれる。
神々の列の後ろのほうに居たネフェルテム神が、ツタンカーメン達に気づいて手を振った。
それを見てサルワも振り返り、こちらへとパタパタと駆け寄ってきた。
順番を変わろうと申し出られたが、ファラオはせっかちはしないと言って、儀式を続けるようにうながす。
「では、アアルの野にてお風呂の支度をしてお待ちしております」
サルワは深々と頭を下げて、次の神の前に戻っていった。
「怖気づいているのですか?」
プタハ神がからかうようにささやく。
「ちょっとだけ」
「素直でよろしい」
儀式は速やかに再開された。
「祝えり祈れり、去りては来たる焔の神よ! ワタクシは神具やお供え物を盗んだことはございませぬ!」
「祝えり祈れり、聖地より出で来たる火炎の神よ! ワタクシは食べ物を盗んだことはございませぬ!」
神は四十二名も居られるので、ネタがかぶる場合もあった。
神殿の聖獣を殺していない。
人妻に手を出していない。
水場を汚したことはない。
礼拝の時間にほかのことをしていない。
怒りんぼではない。
過度なおしゃべりなんかじゃない。
誰彼構わず突っかかったりしてない。
手抜きな譲歩もしていない。
意地悪はしていない。
ウソでいい人ぶってもいない。
不遜な行いはしていない。
身の丈に合わない地位を求めたことはない。
「祝えり祈れり、言の葉の都より出で来たるネフェルテム神よ! ワタクシは邪悪な行為をしたことはございませぬ!」
中に浮く大きなスイレンの上で、幼児の姿の神がうなずく。
「祝えり祈れり、アウケルトの地より出で来たる神よ! ワタクシは自分の故郷の神を軽視したことはございませぬ!」
ツタンカーメンがそわそわと腰布を直したり、ずきんをいじったりしている間に、最後、四十二番目の神へのサルワの宣言が終わった。




