「塔門」
一番最初の門を含めて、似たような門が七つも続く、冥界の旅。
一つ目の門を通るのには供物のパンを作るところから始めたわけだが、二つ目以降は一緒に居るプタハ神の顔パスで、ツタンカーメンは杖をつきつき後ろを着いていくだけで、楽ではあるけれど退屈だった。
七つ目の門を超えると、今までの荒野の景色が、緑に覆われた広大な庭園に変わる。
雄大にそびえ立つ社殿はまだ遠く、おぼろげでしかないけれど、その手前に白い石で造られた立派な門がズラリと並んでいるのは見えた。
二つの塔の上部を屋根でつないだ、いわゆる塔門である。
一番手前の塔門は、鳥の頭の神様に警備されていた。
「警衛神の名前はネラウさんです」
プタハ神が歩きながら説明する。
「塔門は、全部でいくつあるんですか?」
「二十一人、居ます。
ただの建物みたいな接し方をしてはいけませんよ。塔門は女性の人格を宿しているのですからね。
一人目の塔門の名前は“高き壁を持てる旋律の貴女・主なる貴女・破壊の主婦・旋風と荒天とを逐斥する言葉を整頓する者・道を進む者を破壊より救う者”です。長いですが、ちゃんと覚えてください。
二十一の塔門のうち、最初の十人を通過する際には、一回ごとにあらかじめ身を清めておかなければなりません。そのための浴槽はこちらにあります」
庭園に生い茂る樹木の枝から、蔦の葉が目隠しのように垂れ下がるっているのを掻き分けて進む。
「沐浴に使う水は塔門ごとに決められています。
一つ目の塔門では、太陽神ラーが朝一番に浴びるのと同じ水を浴びてもらいます。
この先には、オシリス神やホルス神や、私にちなんだ水もありますよ」
大きな泉の前にたどり着いて、プタハ神は首をかしげた。
「おかしいですね。ここはもっと小さな泉で、あの辺に御影石の浴槽が置かれているはずなのですが……ふむ……
どうやら担当者が、ファラオが来るからと張り切って、水を出しすぎて浴槽を水没させてしまったようですね」
ツタンカーメンも困り顔で立ち尽くしている。
「まあでも、別に問題はないでしょう。私は向こうで待っています」
ツタンカーメンは困り顔で立ち尽くしている。
「普通なら、ミイラがきれいならば霊体もそんなに汚れないのですが、ツタンカーメン君は地獄帰りですから、しっかり洗ってくださいね。
泉の奥のほうは深くなっているようなので気をつけて。
ああ、そうだ、溺れないための加護の術をかけておきましょう。すでに死んでいるからって油断は禁物ですからね」
プタハ神の掌から発せられた光を浴びてもなお、ツタンカーメンは困り顔で立ち尽くしている。
「お風呂奴隷が必要なら、サルワ君を呼び戻しましょうか?」
「いらない!」
ツタンカーメンは慌てて首を横に振った。
「本当に大丈夫ですか? 生前はお風呂奴隷に体を洗わせていたのでは?」
「そんなことしてない! アンケセナーメンに洗ってもらってた!」
二歳年上の妻の名である。
「……確か、乳母の手を離れたのと王妃殿と結婚をしたのが同じくらいの時期でしたかね……」
「何でそんなカワイソーな子を見るみたいな目をしてるんですか!? おれだってお風呂ぐらい一人で入れます!!」
ファラオは鼻息を荒らげて泉へと踏み出した。
「ああ、ツタンカーメン君、まずは服を脱ぐように。着替えはここに置いておきますね。ハアチ軟膏に、ヘチの木のしゃくに、メンクの服……っと。あ、これらの種類も塔門ごとに決められていますからね」
今回の話の元になっている祝詞の一部がこちらです。
「ホルス神は言う、今、汝を敬い奉る、ああ汝、静かなる心の第一塔門よ。
我は我が道を作れり。
我は汝を知る、また我は汝の名を知る、また我は汝を警衛する神の名を知る。
“高き壁を持てる戦慄の貴女、主なる貴女、破壊の主婦、旋風と荒天とを逐斥する言を整頓する者、途を行進する者を破壊より救う者”は汝の名なり。
汝を警衛する神の名はネラウなり。
我はラーの神が蒼穹の東部を辞去する時、自ら己を洗う水にて己を洗えり。
我は杉より作れるハアチ軟膏を己に塗れり、我はメンクの衣服にて己を装えり、しかして我は我がヘチ樹のしゃくを自ら携帯す」
〔塔門曰く〕
「しからば通過せよ、汝は清浄なり」
他の塔門では「白麻の服」を着てたりするので、たぶんメンクも布の種類だと思うのですが、詳しいことは不明です。




