「ここが死後の世界?」
顔は真っ赤。頭は真っ白。
そして気がつけば目の前は真っ黒になっていた。
比喩ではなく本当に暗い。
「はい、冥界に着きましたよ。……クエーッ!」
いつの間にか頭にかぶさっていた黄金のマスクがツタンカーメンから離れる。
久しぶりに自分の体重を感じて、ツタンカーメンの幽霊はペタンとしりもちをついた。
肉体があるわけではないが、今までのように半透明ではなくなっていた。
黄金のマスクの両目に、ランプのような光が灯って辺りを照らす。
マスクは耳の辺りから翼を生やしてパタパタと羽ばたいて飛んでいた。
翼は闇のように黒いけれども、決してネガティブなイメージではなくて、羽毛にちりばめられた星々が優しくきらめいていた。
マスクの頭上、空には星は一つもない。
マスクの明かりだけでは遠くまでは見えないが、少なくともツタンカーメンの足もとは、草の一本も生えていない荒地。
辺りはあまりにも静かで……
穏やかといえば穏やかなので地獄ということはないだろうけれど、天国にしては寂しすぎる場所だった。
「ここが死後の世界……?」
ツタンカーメンはしゃがんだままキョロキョロと辺りを見回した。
「こんな場所に母上が……」
もしかしたら父上も……
「ここはほんの入り口ですよ。君のお母様が居るのは、ずーーーーーーーっと先のアアルの野です。エジプト人で、しかもファラオなのに、ちゃんと勉強していないのですか? ……クエーッ!」
「来るのはまだまだ先だと思ってたんで」
てへへっ、と頭を掻く。
「近頃はそういう人が多くて困ります。アクエンアテン君の宗教改革の影響でしょうか。……クエーッ!」
神の言葉に、ツタンカーメンはハッと真顔になった。
「先王は、病死だったんですよね」
「そうですよ。……クエーッ!」
あっさりとうなずく。
この時代の医療技術では、王族といえども珍しくはない。
「まあ、あの状況では暗殺されるのも時間の問題だったでしょうけれどね。……クエーッ!」
「どうして先王は、宗教改革なんてやらかしたんでしょう。そのせいでエジプトがグチャグチャになって、いろんな人に恨まれて……」
マスクは問いに答えず、プイとそっぽを向いた。
「…………」
黙って一点を見つめている。
その視線の先、はるか遠くから光が射してきた。
(朝日……?)
まぶしさにツタンカーメンが掌でひさしを作る。
冥界に朝が来たのなら、地上は今は夜なのだろう。
光の中に山が見える。
太陽は山の上に昇るのではなく、山を左右に押し開いて、まっすぐ前に進み出てきた。
山に見えたのは巨大な門だったのだ。
大きな船に乗った豪華な厨子から、抑えきれない光があふれ出ている。
あの厨子の中に太陽神のラー様がおられる。
太陽の船はソリに載せられて砂漠の上を進み来る。
ソリからは何本ものロープが伸びて、身なりの良い男達に引っ張られていた。