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「ガサク 1」

 目を開けてすぐにガサクは、自分は地獄の大地に仰向けに横たわっているのだなと気がついた。

 ガサクの体の上を、灰色の影のような霊が、手足をグニャグニャさせながら飛び回っていた。

「脅えろ脅えろォ! 地獄は恐ろしいところだぞォ!」

「恐怖と苦痛にさいなまれ、それ以外の何もかもを忘れて、やがて自分の存在すらも消えてなくなってしまうのだァ!」

 キンキンと耳障りな声を発する。

 ガサクはゆっくりと身を起こした。

「だったらファジュルが死んだ日のことも忘れられるな」

「強がりを言う新入りなど、珍しくも何ともないぞォ!」

 悪霊達がゲラゲラと笑った。


 岩と砂の地面は、上の冥界とも、地上のエジプトともほとんど変わらない。

 ただ、遠くのほうで炎の池がぽつんぽつんと燃えていて、おそらくは罪人を焼くためのものなのだろうが、それが光源になっている。

 空は闇よりも深い漆黒だった。


「オマエはどんな罪を犯したァ?」

「泥棒だ」

「ただの泥棒ではここまでは落ちまいィ」

「墓泥棒だ」

「オオオ! 何と恐ろしい罪だァ!」

 悪霊達は大げさに怯えるそぶりをして見せて、それから声をそろえてせせら笑った。

「ワシらでもそこまでの罪は犯しておらんゾォ!」

 ニタリとした口がそのまま耳まで裂けた。


 頭が平べったくなり、手足と胴がねじれながら一つになって、悪霊達の姿がヘビへと変わっていく。

 おぼろな灰色の体に、足もとの砂が貼りついてウロコになる。

 悪霊そのものに力はなくても、地獄の大地から力を引き出している。


 ヘビ達がいっせいに襲いかかり、ガサクの体のあちこちに噛みついて、かじり取った。

「!!!」

 痛いけれども血は出ない。

 かじられているのは肉体ではなく霊体カーだから。

 まるで虫に食われた果実のように、ガサクの霊体カーが穴だらけになる。

「ぐあっ!!」

 痛みは全てを忘れさせる。

 ファジュルについての記憶、生前は片時も頭を離れなかった記憶、冥界ではずっとそばに居た記憶。

 痛い、痛い、痛い。

 これではもう、自分がファジュルを思い出していないことにさえ気づけない。


 ガサクの、肉体であれば肋骨がある辺りから、青い光が漏れ出した。

 バーだ。

(ファジュル……!)

 魂が剥き出しになったせいで思い出させられてしまった。

 俺の手で守りたかった。

 そんなことを胸を張って言えるような男じゃなかった。

(苦しい……)

 ヘビ達がはやし立てる。

バーが死んだらおしまいだアァ!!」


 不意に……

 もともと暗い世界に、さらに影が差した。

 ヘビ達が、ガサクの霊体カーをむさぼるのをやめ、慌てて逃げ出す。

 巻き上げられた砂煙の向こうの空で、巨大な怪物が真っ赤な口を開けていた。


「アポピスだァ!」

「アポピスだアァ!!」

 太陽の船をも飲み込むとされ、神々の王のラーと対で語られることも多い、悪名高き大蛇の王。

 けれど無学なガサクには、ヘビ達の叫びを聞かなければその名前がわからなかった。


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