「その頃のサルワ 2」
光に打ち払われた悪霊は、地面に染み込んで、消えた。
冥界は、地上に生きる人間からすれば地下の世界。
悪霊達は冥界よりもさらに地下の地獄へ逃げたのだ。
「アクリョウ」
メジェドが地面をにらみ、つぶやく。
「アクリョウ、アクリョウ」
顔を上げ、サルワのほうに迫ってきた。
「わわわ、わしは悪霊ではないぞい!」
「ハカドロボウ、ハカドロボウ」
「違ーう! わしはそんなことしておらん!」
「ハカドロボウ」
メジェドがサルワの死者の書に顔を近づける。
「こりゃわしのモンじゃ! 何で汚れとるのかは知らんが、ほれ、ここにわしの名前が書いてあるじゃろう! ここにも、ここにも……ここのは汚れとって読めんが、ここにもサルワとある!」
高級な特注品なので、祝詞のいたるところに持ち主の名前が織り込んであるのだ。
「ハカドロボウ ノ チ」
「へ?」
「ハカドロボウ ノ ニオイ」
メジェドの、鼻の辺りの布が揺れる。
「チカイ」
メジェドはフワリと空に浮き上がり、矢のような速度で飛び去った。
サルワはただただポカンと見送った。
「はて……つまり……墓泥棒が近くにおるっちゅうことですかのう?」
「うむ」
門番の中の一人がうなずく。
「墓泥棒が第一の門を越えて聖なる道に入り込んだのであろう。その穢れのせいで結界にひずみが生じ、悪霊が出てきてしまったのだ。メジェド殿は墓泥棒がオシリス神の聖なる社殿に近づくのを阻止しに向かわれた」
「それはまた難儀なことですのう。しかしそれとわしの死者の書に何の関係がございまするか?」
サルワは自分の死者の書を改めて眺めた。
「んむ?」
装丁が、さっきまで持っていたはずのものと違う。
これは、なくしたはずの古いほうの死者の書だ。
「いったいどこから出てきたんじゃ? 新しいほうのはどこへ……そもそも古いほうはどうしてなくなったんじゃ? 荷物の奥に入り込んでおっただけか?」
いや、それはありえない。
ツタンカーメン一行と出会う前、古い荷物は大蛇の胃袋の中で全て失って、今ある荷物はハタプ神の農園で手に入れたものなのだ。
ここにあるのは書物の霊体。
物質と霊体のどちらが本体とは言えないが、物質の書物はサルワの遺体とともに棺の中に収められた。
「この死者の書からメジェド様が墓泥棒のニオイを嗅ぎ取ったのなら、物質のほうの死者の書が墓泥棒に盗まれたっちゅうことなのかのう」
だとすればとんでもない話だ。
そのせいでサルワは大蛇に丸呑みにされて、危うくアアルの野に行けなくなるところだったのだから。




